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20.私の主

前半はジャスミン視点です。

 先日王城へ行ったというのに、再びシャーロットは呼び出されていた。

 サミュエルとヴィクターの正式な処分が決まったらしい。また、第二王子リュカから文が届いており、近いうちに顔を見せに来て欲しいとのことだった。

 国王陛下や王子以上に優先すべき予定などある筈もなく、シャーロットは二つ返事で王城へ向かうことになった――スティーヴンと共に。

 スティーヴンも国王陛下に同様の要件で呼び出されていたらしく、リュカとも顔を合わせておきたいということで王城へ向かうことに決まったのだが。

「お願い!お願いジャジー!王城まで一緒に来て!城の前までで構わないから…!」

 シャーロットは朝っぱらから侍女に駄々をこねていた。

「ですがシャーロット様、スティーヴン様が護衛は付けるから心配いらないと…」

「嫌!ジャジーが一緒に来ないなら行かない!」

 シャーロットがここまで我が儘を言うのは初めてのことだ。窘めなけらばならない場面であることは重々承知なうえで、ジャスミンは嬉しさで口元が緩んでしまう。

 甘えるという行為が尋常じゃないくらいに下手な主が、ここまで頼んでいるのだから嬉しくもなってしまう。

「どうされたのです、らしくありませんよ」

 朝の支度に取り掛かりながら言うジャスミンの袖を、シャーロットが掴んで離さない。

「ジャジーも来てよ…。ねえ、駄目?」

 ここまで言われて断れる程、ジャスミンは鬼になれない。というより、ジャスミンはシャーロットにめっぽう弱いのだ。

「わかりました。仕方ないですね」

 不安に揺れていた瞳が、安堵の色で満たされる様子を見て、嬉しさと共に優越感を抱く。何年も傍に仕えているからこそ得られた信頼を味わい、ジャスミンは再び支度のために手を動かした。


 スティーヴンとシャーロットが出掛けていた日、ジャスミンは気が気ではなかった。

 大丈夫だろうか。何か困ってはいないだろうか。笑って帰ってきてくれるだろうか。

 そんな不安と、僅かな期待を胸に主の帰宅を待った。


 帰ってきたシャーロットの濡れた目元を見て、頭が真っ白になったジャスミンは、疑いもせずにスティーヴンに剣先を向けた。

 シャーロットが泣いたのだとわかって、心臓が嫌な音を立てた。

 だが直ぐに、誤解に気づいた。


――ジャジーは、一緒に来てくれる?


 不安そうなその言葉の意味を理解した途端、全身の力が抜け落ちた。


――嗚呼、良かった。


 そう思うと瞳から雫が零れ落ちた。心配や悔しさではなく、安堵の涙が。

 受け入れてもらえたんだ。何をされても仕方がないと諦めて笑っていたシャーロットを、やっと、大切にしてくれる人が現れたんだ。

 良かった。


「貴女が求めてくださる限り、どこへだって…!」


 ありがとう、と笑ったシャーロットは、今までで一番嬉しそうな顔をしていた。




「ジャジー?」

 クローゼットの服を眺めながら突っ立っていたジャスミンに、シャーロットが怪訝な声を出した。

「ぼーっとしてどうしたの?眠たい?」

「いいえ、なんでもありません。どのドレスにするか迷ってしまって」

 いけないいけない、つい物思いに耽ってしまった。

 シャーロットのドレスは、どれも黒色ばかりだ。デザインや装飾は異なるけれど、どれも似たようなものばかりだと感じる。

「シャーロット様、明日にでも新しくドレスを仕立てませんか?」

「う~ん、そうねえ」

 シャーロットはあまり乗り気ではないようだが、決めた。明日にでも新しく仕立てよう。

 もういい加減、サミュエルの呪縛から解放されるべきだ。

「スティーヴン様にお尋ねしましょうか」

「なにを?」

「シャーロット様にはどのようなドレスがお似合いになると思いますか、と」

「駄目よ!」

 一気に頬が色づいたシャーロットに、笑みが零れた。

 スティーヴンと出会って恋をしたシャーロットは、年相応な表情をするようになった。相変わらず社交の場では表情を殺し、笑みを張り付けているが、屋敷の中では笑う回数も増えた。

 スティーヴンの話になると少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに話をする。

 らしくない我が儘を言ったのも、婚約を結んでから初めてスティーヴンに会うのが気恥ずかしいからだろう。

「さて、少し時間が掛かってしまいました。急いで支度しますね」

 本当に聞いたりしないでよ、と釘を刺すシャーロットにただ微笑み、鏡台の前へ移動した。



〇  〇  〇  〇  〇  〇



「シャーロット様にはどのようなドレスがお似合いになると思いますか?」

「ジャジー!?」

 あれだけ、あれだけ言うなと釘を刺したにもかかわらず、ジャスミンがスティーヴンに尋ねていた。

 王城へ向かうスティーヴンの用意した馬車の中で揺られながら、それは唐突にジャスミンが口を開いたのだ。確かに、スティーヴンは挨拶の後、気軽に話してもらって構わない、とジャスミンにも言っていた。言っていたが、唐突すぎやしないか。

「そうだな…」

 スティーヴンまで真剣な面持ちで考えだし、シャーロットを見つめている。

 最後に会ったのは一週間前の城下町へ出かけた日のことだ。みっともなく泣いてしまったことも、好意を示したことも気恥ずかしく視線を逸らしてしまう。

 どきどきと音を立てる心臓がうるさい。

「きっと何でも似合ってしまうだろうが、淡い色がいいんじゃないか?そうだ、シャーロット」

「は、はい、何でしょう」

「ドレスを贈ってもいいだろうか」

「そっ、そんな、恐れ多いです」

「……ロティー?」

 初めて呼ばれた愛称に驚いて、手元に落としていた視線を上げると、スティーヴンはにこりと微笑んでいた。

「俺はロティーの何だ?」

「…………婚約者、です」

「では、贈り物をしても?」

 こくりと頷くしかない。譲る気はないらしい。

(わたくしばかり嬉しくて、いいのかしら。)

「この間の果実酒を昨晩飲んだ」

「お味は大丈夫でしたか?」

 不安から、言葉を少しかぶせてしまったが、スティーヴンは気にした様子もなく優しく微笑んだ。

「甘いものはあまり口にしないんだが、酸味もあって美味しかった。ありがとう」

「よかったです」

 ほっと安堵すると笑みが零れた。

 スティーヴンはこうやっていつも気持ちを言葉にしてくれる。それがとても嬉しい。

 緊張も幾分か解れてきた頃、王城が姿を現した。


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