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2.授与式

 結局、その後は一睡もできずに朝を迎えた。


「シャーロット様、おはようございます」

 侍女ジャスミンの声でシャーロットの朝は始まる。黒いレースのカーテンをタッセルで纏め、彼女は慣れた手つきで観音開きの窓を開ける。

 雨水で濡れた地面が太陽の熱で蒸発する匂いが風に乗って流れてきた。雨上がりのこの気配は嫌いじゃない。

「お体の具合はいかがですか?調子が悪いようでしたらご予定を変更いたしますが…」

「大丈夫、少し眠たいだけよ」

 心配そうなジャスミンに微笑んで答える。血色の悪い顔も化粧で隠してしまえばいいだけの話だ。

 枕もとで眠っていた黒猫のルーカスの頭を撫でると、彼は大きな欠伸をしてベッドから飛び降りた。

「ルーカスも、おはようございます」

 ルーカスはジャスミンの脚に擦り寄って尻尾を高く上げる。

「今日の予定は授与式だけだったかしら?」

 シャーロットが眠気を滲ませた声で尋ねる。

「今夜は国王夫妻御臨席の卒業パーティーですよ」

 (嫌すぎて記憶から抹消していたわ…。)

「休むっていう選択肢は…」

「ありません」

「う~…行きたくない」

 口先で文句を言いながら、シャーロットは漸く体を起こした。

 シャーロットは社交の場に苦手意識を持っている。他人とは異なった容姿が目立つ上に「完璧」を求められる場が窮屈で仕方がない。そして何より、

「一体何曲踊ることになるのかしら…」

 ダンスが苦手だった。鬱屈とした表情のシャーロットに、ジャスミンは眉を下げて笑う。

「そうですね。シャーロット様は首席で卒業なさったので、嫌でも上達するほどには」

「……もう少し不真面目に過ごすべきだったわね」

 後悔しても仕方がない。それにダンスが嫌だからという理由で首席を逃すなど、養父に叱られてしまう。

「朝の支度を始めましょう。首席のシャーロット様は授与式で誰よりも格好良く目立っていただかなければなりませんからね!」

 胸の前で両手を合わせてダークブラウンの瞳を輝かせるジャスミンを見て、思わず笑みが零れた。

「そうはいっても、みんな同じ制服よ?」

「シャーロット様は誰よりも気高く美しいので心配しなくても目立ちますよ。でも本日はより一層格好良く目立つために髪を高く結びましょう」

「ありがとう。任せるわ」

 決して目立ちたいわけではないが、気高く見えているのならば悪い気はしない。

 いつものように制服を身に纏う。制服は、騎士の正装と軍人の正装を足して二で割ったような形をしており、女性は足元まで隠れるワンピース、男性はハイウェストのパンツだ。学年を表す肩章や国花の形をした徽章が優美さを演出している。

(この制服を着るのも今日が最後。そう考えると、なんだか感慨深いわね。)

 きゅっと髪を高く一つに結んでもらうと、気持ちまで引き締まった気がする。


 シャーロットの左胸にはたくさんの勲章が付けられており、一目で彼女の優秀さが分かる。今日の授与式でも首席としての功績を称えられ、新たに勲章を授与されることが決まっており、彼女のずば抜けた優秀さが再び明るみになることだろう。

 踵の高いブーツを履き、化粧を施してもらうと扉が二度叩かれた。

 ジャスミンが扉を開くとそこには養父であり、この国——オルシャキア王国の宰相であるフェリクスが顔を覗かせていた。

「お養父様、おはようございます」

 シャーロットの姿を見て、フェリクスは心の底から嬉しそうに顔を綻ばせる。

 普段『鬼の宰相』と呼ばれている養父だが、シャーロットの前では表情が緩み切ってしまうことで有名だ。一種の名物のように言われていることは、おそらく本人は気が付いていない。

「おはよう、ロティー。昨夜は酷い天気だったが、今朝は気持ちの良い青空で安心したよ。神もきっと祝福してくださっているのだろうね。今日の卒業パーティーも今から楽しみだよ!」

「気が早いですよ、お養父様」

 思わず笑って言うと、フェリクスも楽しそうに笑みを浮かべた。

「お養父様、このような我が儘を言うのは気が引けるのですが…」

「珍しいな、なんでも言っておくれ。私はロティーのためならなんだってするさ」

 なんだってする、それは嘘偽りのない言葉であるとシャーロットは知っている。きっと彼は望めば何だって叶えようとしてくれるだろう。

「今夜のパーティーで一曲、わたくしと踊ってくださいませんか?」

 丁寧に淑女の礼までしてみせると、フェリクスは何度か目を瞬き嬉しそうに顔を綻ばせた。

「勿論だよ!勿論だ!」

 顔を輝かせるフェリクスにつられてシャーロットまで笑ってしまう。

「嗚呼、なんて今日はいい日なのだろう!ロティー、私は君の親であることを誇りに思うよ」

「ありがとうございます。わたくしも、お養父様の娘であることを誇りに思っております」

 フェリクスの笑顔を見ると、先程までの鬱屈とした気持ちがどこかへ飛んで行ってしまった。

「もう少ししたら授与式へ行って参ります。また、今夜に」

「嗚呼、今夜に」

 忙しい養父との夜会でのダンスの約束を楽しみに別れ、それぞれ職務に戻った。



 オルシャキア王国の名門校、オルシャキア学園。この学園はオルシャキア王国一の名門校と称されており、教養や一般知識、マナーだけでなく、魔術の実技、身体的な実技訓練など、幅広く厳しい教育が施される。国一の名門校と称されるだけあって毎年脱落者の数がとても多い。教育期間は六年で一度でも試験の点数がボーダーラインを越えなかった場合は、情け容赦なく退学を言い渡される。入学当初は三百人余りいた生徒も、卒業できたのはたったの十五名。所謂、完全能力主義の国家幹部育成機関である。


 校舎は広々としていてとても徒歩では移動できないため、生徒は馬車を使用し移動せざるを得ない。不便に感じるが慣れれば問題はない。

 どの場所からも見上げれば見ることのできる時計塔は、この学園のシンボルである。学園の丁度中心に位置している時計台のすぐ隣には、夜会や授与式などを行うホール会場が設置されている。今夜の卒業パーティーもこの会場で行われる。

 式典の会場に到着すると、丁度時計塔の鐘の音が鳴り響いた。いつものことながら、予鈴丁度に到着させた優秀な侍女に感心しながら馬車から降りた。

「今日も丁度のご到着だな」

 大きな扉の前には騎士が二人。話しかけてきたのは、幼馴染であり、王宮騎士団の隊長を務めている凄腕の剣術士ヴィクター・リード。シャーロットも彼から剣術を教わっており、よく手合わせをしてもらっている。

「わたくしの侍女は優秀なのよ、知っているでしょう?」

「知ってるよ。ちなみにロティーの優秀さもな」

「凄腕の隊長さんには及びませんよ。まあ、頭脳はわたくしの方が上だけれど」

「可愛くねエ~!そんなだからサムにも可愛げがないって言われるんだぞ。今回の首席卒業だって」

「うるさいわね。仕方ないじゃない、負けたくなかったんだもの」

 想定していた小言も、いざ言われると少しむっとしてしまう。

「嫌がらせか?」

「違うわよ!なんでそうなるの?」

「俺に恥をかかせたいんだ~とか言ってたぞ」

「そんなわけないじゃない!」

 呆れながら言うも、そう捉えられても仕方がないことに気が付く。オルシャキア王国の名門校の首席は確かに、この国の第一王子でなければ格好がつかない。そのうえ、婚約者に首席を取られるなど屈辱でしかないのではないか。

「……な?」

 シャーロットの心情に気が付いたのか、方眉を上げて苦笑した。

「……だって、わたくし一応婚約者なのよ?優秀な方がいいじゃない」

 言い訳のように口にしたが、考えれば考える程、最適解ではなかったと思い知る。

 気落ちしたシャーロットの頭に、少し荒っぽい手が乗った。

「限度があるだろ」

「じゃあ手加減しろっていうの?甘やかしていては駄目よ」

「手加減する場所を見誤ってるって話だよ」

 シャーロットは常々、周囲がサミュエルを甘やかせすぎだと感じていた。生憎、彼は自分のことを好いていないため、恨まれ役をかってでも王子である自覚を持ってほしい。そう思っての今回の首席卒業でもある――当の本人はシャーロットがそのように考えているとは思ってもみないが。

「ヴィクターは、祝ってくれないの」

 拗ねたような口調のシャーロットにヴィクターは頭に乗せた手を軽くぽんぽんと跳ねさせた。

「開けっ広げには、な」

 小声で言うヴィクターに口を尖らせて文句を言いたいが、ここにはもう一人知らない騎士がいる。あまりみっともない姿を見せるのも気が引ける。

「…じゃあ、授与式が終わったら手合わせして頂戴」

 一つ我が儘を言ってみると、ヴィクターは呆れたような顔する。

「今夜夜会だってわかってるか?顔に怪我でもしてみろ、フェリクス侯爵に首にされるのは俺だぞ」

「大丈夫よ、私怪我すぐ治るし。そもそもそんなヘマしないわ」

「駄目でーす。俺の首が飛ぶような危ない手合わせなんかしませーん。後日出直してくださーい」

「う~…仕方ないわね。今度にするわ、約束よ?」

「わかったわかった。てか、早く会場入ってくださいシャーロット嬢。主役が遅刻なんてシャレになりませんよー」

 いつものようにヴィクターの軽口に答えていては時間があっという間に過ぎてしまう。佇まいを整えて扉を開けてもらい中に入ると、会場の中にはもうすでに多くの卒業生たちと在校生が集まっていた。

 騒がしかった会場も、シャーロットの登場で一気に静まり返った。一つに束ねた長く白い髪を優雅に揺らし、用意された席へと向かう。一つ一つの動作に気を抜かず指先まで意識して、丁寧で綺麗な印象を持たせるように動く。

 ヴィクターに見せるような素の自分は奥底に仕舞い、侯爵令嬢であり、王太子の婚約者であるシャーロット・フローリーに相応しい姿を、求められている姿を演じる。

(奇怪な容姿をしているってだけで、そんなに注目しなくてもよろしいのに)

 毛先まで純白に染まった細い髪と睫毛だけでも珍しいが、そのうえ輝く宝石のようなヴィオレットの瞳がまた人目を引いてしまう。


 シャーロットは自身の姿が奇怪だと思っているが、周りの人間の多くはそれを妖艶で美しいと感じている。自己肯定感の低い彼女はそのことに全く気が付かないが。

 ただ歩いて椅子に座る、それだけの動作に在校生だけでなく、見慣れているはずの卒業生も思わず目で追い感嘆の息を漏らす。

 そんな中、一人の男は不満げにシャーロットを睨んでいた。シャーロットの右隣に着席しているサミュエル・グリフィス・オルシャキア。彼はこの国の第一王子であり、シャーロットの婚約者でもある男だ。

「おめでとう、とでも言うべきか?」

 厭味ったらしい言葉にも慣れている。いつものように微笑みを顔に張り付けて首を横に振る。

「いいえ、そのようお言葉をいただくなど恐れ多いです」

「……可愛くない女」

 ぼそりと吐き捨てるサミュエルの言葉に聞こえないふりをして前を向く。

 二人の仲の悪さは有名だ。一方的にサミュエルがシャーロットを毛嫌いしているのだが、シャーロットの愛想の無さも問題で周囲も何故婚約を破棄しないのか不思議に思っている。

 仲の悪い振りをしているだけではないか、という的外れな憶測も流れているのだが、そのことを本人たちは知らない。


 シャーロットは決して、サミュエルが嫌いなわけではなかった。

(初めて会った時から、わたくしは貴方を尊敬していますのに。)

 サミュエルに初めて会った六つの頃から、今までずっと王位継承という重い責任を背負う彼のことを尊敬していた。女好きで酒好きなだらしのない部分もあるが、本当は心の優しい人だと、シャーロットは昔も今も思っている。

(でも、それを言うと「都合のいいことを言うな」とか言われてしまうもの…。)

 ピリピリとした空気を感じつつ扉に目を向けると、丁度あと一人の卒業生が入場するところだった。

 シャーロット、サミュエルに次いで成績優秀な留学生、スティーヴン・シアーズ。耳にかかるくらいの漆黒の髪が特徴的で、ミステリアスな雰囲気を纏っている。

 口数が少なく、決して社交的ともいえないが優秀であることには間違いない。

 一年前に留学してきたにも関わらず、成績優秀者枠に入っているのは異常ともいえる。成績優秀者は全教科全科目、実技含めた合計得点の平均値で決められるのだが、他国からの留学生であるにもかかわらず、どの項目も満点に近いということは驚異の結果だ。

(そういえば、彼とは一度しかお話をしたことがなかったわね。)

 留学初日、この学園を案内したのがシャーロットだったのだが、それ以来会釈程度は行うが、一度も言葉を交わしたりはしていない。

(どちらの国からいらっしゃったのだったかしら…?)

 当然知っているはずの事情を思い出すことができない。記憶力には自信があるのだが、何故か彼に関する情報のみ、白紙のようにさっぱりと覚えていない。

 スティーヴンが左隣に座ったと同時に、式典の開始を告げる鐘の音が鳴り、シャーロットの思考はそこで止まった。


「これより、授与式を開催いたします」


 学園長の言葉で、漸く授与式が始まった。


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