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19.シャーロットの秘密(後半)

 少々残酷な描写がありますので、苦手な方は回避お願いします。

 スティーヴンの瞳が僅かに開かれた。


「そのことに気が付いたのは、贄にされた四つの頃です。儀式の後、実父に首を切り落とされても、わたくしは死にませんでした」

 今でもあの感覚は昨日のことのように覚えている。首に燃えるような熱さを感じたのも束の間、形容しがたい痛みが襲い掛かり、赤々とした血が吹き出したのが見えた。離れた首は自身の身体を映し、死を体現しているようだった。

 斧を振り下ろした父の姿も、表情も未だに脳裏にこびりついている。


「信じられないでしょうから、一つお見せいたします」


 ローブの内側に仕舞っていた護身用の短剣を取り出し――勢いよく自分の左手首を切り裂いた。

「何を――っ!」

 鋭い痛みと共に赤黒い精血が飛び散る。

「シャーロット!」

 スティーヴンの声は、怒っていた。

「大丈夫です」

 肉と肉が吸い付くように傷が塞がり、溢れていた精血が止まった。

 あっという間に傷跡も残さず、手首は元通りになった。


 左手を力なく下し、スティーヴンを見ると、彼は戸惑いと怒りの滲んだ表情をしていた。

 大きな手で左手を掴まれ、先程まで出血していた箇所をなぞるように触れられる。

「傷跡は、残らないのか」

 その疑問の意味は理解できた。

 シャーロットの身体にはいくつもの醜い傷跡が残されていた。だが、今やって見せた傷口は傷跡残さず治っている。

「あれは、このような体質になる前の傷跡(もの)です」

 意味が分かったのだろう、掴まれた左腕に力が籠った。

「お見苦しいものをお見せいたしました」

 でも、信じてもらうにはこうするしかなかった。

 人間の摂理から外れた異常な体質を、受け入れてくれる人などいなくて当然だ。

(気の迷いだったと、そう仰ってくださって構いません。)

 用意してきた言葉が喉の奥で詰まる。

 さようならを言ってもらう覚悟をした筈なのに。



「……貴方はこの呪われた身に、愛の言葉を……紡ぐことができますか」



 詰るような言葉が、声が出た。

 こんなことを言うつもりではなかった。もっと簡単に笑って、気の迷いだったでしょうと言って見せるつもりだった。

(こんなの、)

――愛して欲しいと、言っているようなものじゃない。



「馬鹿なことを聞くな」



 怒った声に、びくりと肩が跳ねる。

 大きな声ではない。それなのに強く深みのある声に足が竦んだ。

 ごめんなさいと、零れそうになった言葉は、スティーヴンの想定外な行動によって喉の奥に引っ込んだ。


 抱き締められているのだと気が付くのに数秒を要した。

 回された腕は見た目よりも筋肉質で、引き寄せられるように頭に乗った手はやはり大きくて、酷く優しい。

 静かに、だが確かに相手の心音が聞こえる。

 温かい体温と心地良い心音に包まれて、冷たく強張らせていた心身が解されていくのがわかった。

「馬鹿なことを、聞くな」

 スティーヴンの声は、小さく掠れていた。

 まるで傷ついてるかのようなその声に、切り裂いた手首の傷みよりも、激しい痛みが胸の奥に走った。

「呪いなんて関係ない。どうだっていい」

 怒ったような声を、芯のあるその声を、信じてもいいだろうか。

 信じたいと、思ってもいいだろうか。


「愛しているんだ」

 

 苦しそうで、悲しそうなその声は小さくて、少し掠れていた。


 今まで愛される努力も、誰かを愛する努力もしてこなかった。

 それなのに、愛されたいと願ってしまった。

 見返りなく、愛して、愛されたいと願ってしまった。

 他の誰でもない、この人に。



 温かい雫が頬を転がり落ちた。一粒落ちれば、そのあとは容易に続いた。

 自分の身体なのに、全く制御が効かない。鼻の奥が痛くて、喉の奥が熱い。

 唇の隙間からは不規則に息が漏れる。

 最後に泣いたのは、フェリクスに出会ったあの嵐の夜だったか。

「二度と、さっきみたいな馬鹿なことはするな」

(嗚呼、そっか…そうだったのね。)

 スティーヴンは怒っているのではなく、シャーロットを叱っていたのだ。

「わかったか」

 顔を持ち上げられた。きっと今は史上最高に醜い顔をしているだろう。

 それなのにスティーヴンは、愛おしいものを見るような表情をする。

 小さな子どもみたいに瞳から涙を零しながら頷くと、スティーヴンの唇がそっと瞼に触れた。


「泣くの、下手だなぁ」

 優しくて温かい声に安堵して、縋るように背に手を回すと、それが当然かのように抱き締め返してくれた。




 その晩、婚約の書状にサインしたシャーロットはスティーヴンの婚約者となった。


episode1 もう少し続きます

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