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18.シャーロットの秘密(前半)

 一日はあっという間に過ぎ、日が傾きだした。

 人気の少ない丘の上で眺める夕日はとても綺麗だ。この景色を、ずっと覚えていたい。

 あの賭け事の後も城下町を探索し、様々な店にも実際に足を踏み入れた。ジャスミンへ可愛らしいチョコレートのお土産も購入でき、スティーヴンのことも、以前よりはわかるようになったと思う。

「シャーロットは案外、喧嘩っ早いな」

「そんなこと!……ないです、よ」

 否定しようと思ったが、自分の行動を顧みると確かにその通りだ。

 夕日を眺めたまま、スティーヴンが可笑しそうに眉を下げる。

「楽しくていいが、無茶はするなよ」

「はい…」

 フェリクスやジャスミンにもよく注意されていることだった。売られた喧嘩は買ってしまう。自分のことを蔑まれるのはまだ我慢できるが、自分以外の人が、大事な人が貶されたりでもすれば黙ってはいられない。

「シャーロット、聞いて欲しいことがある」

 真剣な声色に目を向けると、夕日に照らされたスティーヴンと視線が合った。真っ直ぐなその視線に頷くと、スティーヴンは口を開いた。

「俺と婚約を結べば、一緒にバンターキッシュ王国へ来てもらうことになる。国の歴史やマナーも改めて学び、そのあと婚約者として皆へ正式に公表することになる、と思う。」

「はい」

(花嫁修業というわけね。)

「俺はシャーロットが好きだ。だから、いずれ妃になってほしい。でも、これは強制ではない。そのことを忘れないでくれ。言いにくいなら人伝でも構わないから」

 そう言うと、話が済んだらしい。スティーヴンはまた、夕日に視線を戻した。


 屈辱的に蔑まれたあの卒業パーティーの夜から、シャーロットはずっと考えていた。

 自分を救ってくれた、冷たくて骨ばった優しい手を。

 愛の言葉を紡ぐ、赤々とした血色の良い唇を。

 鋭く射貫くような、だがその奥には優しさや慈しみを感じる瞳を。

 信じて、いいのだろうか。


 サミュエルもヴィクターも、実父だって、初めは優しい人だった。

 優しく包み込んでくれるような温かい人たちだった。

 温かくて優しい手は、いつだって救いのために差し伸べられていたのに。

 いつしか、シャーロットを押さえつけ、苦しめるためのものになっていた。


 スティーヴンとの婚約は、断る理由がない完璧な条件のものだ。侯爵令嬢であるシャーロットが断っていいものでもない。

 それでも、スティーヴンはシャーロットの気持ちを尊重し、選択権を握らせてくれている。

 まるで、対等な立場だと示してくれているかのように。

 そのことがまた、シャーロットの決意を揺るがせていた。

 自分の気持ちに向き合って決断することなど、シャーロットはしたことがない。

 やれと言われたことをする。示されたあるべき姿を演じる努力を重ね、そうやって周囲が期待し求めている『シャーロット・フローリー』をつくり上げてきた。

 冷静で完璧な侯爵令嬢を。

 求められる姿を演じるにつれて、自分の心もどこかへ落としてきてしまった――と思っていた。


 人を好きになるということを、知ってしまった。


 養父母やジャスミンに向ける愛情とは違う、サミュエルやヴィクターへ向けていた感情とも違う。


 世界に色が付くような、心は胸にあるのだと感じてしまうような、苦しくて少し泣きたくなるような優しいこの気持ちを、きっと人は恋と呼ぶのだろう。


 好奇の目、好色そうな目、同情の滲んだ目、憎しみと復讐心に燃えた目。

 それらに囲まれて身動きができない中、ただ惨めに服を脱ごうとしたあの時、何のためらいもなく差し出されたあの優しい手を、庇うように立ったあの大きな背を、好きにならない人がいるものか。

 こんなに優しい人に好きだと言ってもらえた。これ以上に望むことなどあるものか。 

 

(どうするべきかなんてわかっているのよ。ずっと、わかっていたわ。)

 温かくて心地の良いこの人の隣に、ただの侯爵令嬢として立てたら、どれほどよかっただろう。

 これほどまでに、自身にかけられた呪いを恨む日はない。

 養父と侍女、そしてサミュエルしか知らないこの呪いを。


「今日一日、とても…とても、楽しかったです。夢みたいに」

 出した声は震えなかった。


 さあ、夢から覚める時間だ。

 

 覚悟を決めて視線を上げる。この場にスティーヴンとシャーロット以外の人はいない。

 このチャンスを逃せば、きっと一生言えなくなってしまう。

 スティーヴンは何も言わず、ただ黙ってシャーロットが言葉を続けるのを待っていた。

「スティーヴン様、今日まで貴方に黙っていたことがあります。養父と侍女、そしてサミュエル殿下のみ知っている、わたくしの呪いについてです。」

 サミュエルの名が出た時に、ぴくりと眉が動いたような気がしたが、そのことに気を留められるほど落ち着いてはいない。



「わたくしは、死ぬことができないのです」



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