15.初めてのデートⅢ
扉の先にはこれでもかと書籍が並べられていた。扉の大きさからは考えられない広さと書籍の量に、シャーロットは感嘆の息を吐くことしかできない。
学園の図書館も広く、様々な書籍が並んでいたが、それよりも遥かにこの店は蔵書数が多い。
「いらっしゃい、また来てくれたんか」
間延びした声の主は、この本屋の店主の老婆だった。スティーヴンと軽く挨拶を交わしたと思えば、丸くて小さい眼鏡の縁を掴み、目を細めてシャーロットを凝視する。
「えらい可愛らしい女の子、捕まえたんねえ」
「嗚呼。愛らしいだろう?」
(あっ、愛らしい!?)
ぎょっとして思わず身を引きそうになったが、手を繋いでいたため動くに動けず、結局固まるしかなかった。
「そのことに本人は全く自覚がないんだ」
「じゃあ、あれねえ、毎日あんたが言ってやらなきゃねえ」
「なるほど。では、毎日愛の言葉を贈ることにしよう」
「いっいいえ、結構です!」
スティーヴンならやりかねない。シャーロットは慌てて首を振って断る。
「遠慮しなくていい」
「していません!」
(話をそらさないと…!なにか、話題は…!)
「あ!あの、本を見て回りたいのですが!」
実際、店内に入ってからずっと書籍を手に取りたくてうずうずしていた。その様子に気づいていたのだろう、スティーヴンが頷く。
「好きに見ると良い」
(やった!)
喜びで緩みそうな口元を意識して固く結び、さっと店内を見渡す。大まかに書籍の種類で分類されており、シャーロットは特に植物分野と魔道分野に惹かれた。
(う~ん、どちらを見ようかしら。どっちも時間をかけて見たいけれど、折角のお出掛けの時間を全てここに費やしてしまうのも勿体ないわよね。)
暫く悩んだ結果、植物分野の棚を見ることに決めた。
「こちらの棚を見たいのですが…」
「へえ……植物学か」
一緒に見るとは思っていなかったのだが、スティーヴンは興味深そうに書籍の背表紙をなぞっている。
「花が好きなのか」
「はい。最近は食用の花を育てたり、花の香りの抽出方法を研究したりしていて…。香り袋はご存じですか?」
「いい香りがする小さな巾着のことか」
「そうです。お洋服と一緒に仕舞っておくと良い香りになるのです。実は一時期、香り袋を作ることに夢中になりまして…その頃から、花の香りを上手く抽出したり香りを長続きさせる方法を色々と試しているのですが」
話しながらもシャーロットは手を止めず、気になった書籍を片っ端から手に取っては頁を捲り、本棚に戻す工程を繰り返している。
「一度目を通しただけで内容を覚えられるんだったな。フェリクス侯爵から聞いた」
「興味があるものだけですよ」
あと気になる書籍は一冊。分厚い図鑑を手に取ると、スティーヴンがさりげなく手を添えて支えてくれた。
「一番好きな花は?」
「キャメリアです」
図鑑の頁を捲り、花の絵図を指差す。
「キャメリアは蕾も、咲いているときも美しいのですが、朽ち方がとても美しいのです」
キャメリアは一番美しい姿のまま、花が落ちて朽ちる。
「縁起が悪いといわれてしまう花でもありますが…」
(変わった趣味をしているね、とか言われてしまうかしら。)
もう少し考えて答えるべきだったかもしれないと後悔する前に、スティーヴンは大きく頷いた。
「確かに、力強い美しさを感じる。花弁が一枚一枚散っていく花も美しいが、美しいまま花を落とす朽ち方も綺麗だな」
肯定されたことに驚いて顔を上げると、スティーヴンは真剣な表情で手元の図鑑を眺めていた。長い睫毛から透けて見える琥珀色の瞳が綺麗で、思わず見惚れてしまう。
「ん?どうした?」
シャーロットの視線に気づいたスティーヴンが顔を上げた。
スティーヴンの澄んだ瞳に、シャーロットが映っている。
(……わたくしのことを、ちゃんと見てくださるお方なのね。)
わかっていたことではあるが、改めてそう感じると共に胸がじわりと熱くなった。
サミュエルから向けられる視線とは比べ物にならない程の、優しさや慈しみを感じる視線。
(でも、きっとそれも直ぐに終わってしまうのよね。覚めない夢はないのと同じように。)
「シャーロット?」
我に返ると、スティーヴンが心配そうに眉を寄せていた。
「失礼いたしました。えっと…スティーヴン様はお花がお好きですか?」
しどろもどろに言うシャーロットを不思議そうに見つつ、スティーヴンは再び図鑑に目を落とした。
「花は好きだが、触ることができないからと敬遠していて…あまり詳しくはない」
「触ることができないのですか?」
(匂いが苦手なのかしら…?)
「枯れてしまうんだ、俺が触ると」
目を丸くしてスティーヴンを見ると、弱ったような笑みを浮かべていた。
「だから、花の一つを贈ることさえできない」
(……それは、なんだか、)
「魔王みたい」
「え?」
「あっ」
つい、言葉が口から零れてしまった。昔読んだ童話に出てきた魔王と一緒だ、といったことを考えていたのが、中途半端に言葉にしてしまった。
「し、失礼しました。物語上の魔王様みたいというか、魔王様っぽいというか…。そこは作り話の通りなんだと、思ってしまって」
自身の言葉に混乱したまま言うシャーロットに、スティーヴンが納得したように笑う。
「確かに、物語上の魔王はそういう設定が多いな。あとは、残酷非道で世界征服を目論んでいたり……最後は勇者に倒されるがな」
確かにそのような話が多く、実際シャーロットも幾度かそのような物語を読んでいる。
(あの頃は魔王様が実在しているだなんて、半信半疑だったけれど…。)
「今までは花に触れなくても困らなかったが……愛する人に花を贈れないのは、もどかしいな」
「では、わたくしがいつかスティーヴン様が触れられる花を咲かせて見せます。まずは、何故枯れてしまうのか調べなければなりませんね。強すぎる魔力が影響して――」
ごほん、と一つ咳払いするスティーヴンに目を向けると、彼は意味深に微笑みを浮かべていた。
「………俺が花を贈りたい人は誰だかわかって言っているよな?」
鈍いシャーロットでもさすがに考えればわかる。
頬を赤らめて固まったシャーロットを見て、スティーヴンは少し意地の悪い笑みを浮かべた。
「まだ自覚をもってくれていないのなら、わかるまで愛の言葉を」
「わ、わかって、います、ので」
「本当か?」
スティーヴンが空いている右手でシャーロットの頬に触れる。
驚いて身を引くが、すぐ後ろは本棚だ。しかも、両手は分厚い図鑑を乗せているため下手に動けない。
逃げ場が、ない。
「あ、あの、」
「本当にわかっているのなら」
少し冷たい、大きな手の平が頬の熱を吸収していく。心臓の音が耳元で鳴ってるかのように、大きく響いて聞こえる。
俯くとスティーヴンにフードを脱がされてしまった。きっと今は、首まで赤くなっているに違いない。そう思うと恥ずかしくて仕方がなかった。
「俺が愛しているのは誰か、言って」
深みのある低い声が耳元で囁いた。
「――っ!?」
驚いて肩が跳ねた。心臓が口から飛び出しそうなくらいに暴れている。
(魔王だわ!この人、とんだ大魔王だわ!)
耳まで赤く染まったシャーロットを見て、スティーヴンは心底楽しそうに瞳を細めた。




