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13.初めてのデートⅠ

 迎えに上がったスティーヴンの後ろには側近が二人控えていた。シャーロットが現れると二人は綺麗に膝をついて挨拶をする。

「左がオスカー、右がロゼッタだ」

 スティーヴンの紹介に、シャーロットも淑女の礼をして返す。

「シャーロット・フローリーと申します。先日はご挨拶ができず申し訳ございません。こちらは侍女のジャスミン・ボールドウィンです」

 紹介の後、ジャスミンが手に持った籠をシャーロットに手渡す。

(えっ、ジャジーが渡すんじゃ……ないのね。)

 ジャスミンの楽しそうな表情を見て察した。

「趣味で作った果実酒です。よかったら皆さんでいただいてください」

 平然とした表情で手渡すも、心臓は口から出そうなくらい暴れまわっている。目線を逸らすと内心弱気でいることに気づかれそうで、ガンを飛ばすかのように見つめると、ふっとスティーヴンが微かに笑った。

「とても鮮やかで綺麗だな。ありがとう」

(睫毛長っ…。)

 目を伏せて果実酒を眺めているスティーヴンの妖艶さについ見入ってしまう。

「シャーロット様、お味のご説明はなさらないのですか?」

 ジャスミンの声にハッとして、簡単に使用した果物や味の特徴について伝えた。

「ちなみに、ライムとレモンの果実酒はスティーヴン様のイメージに合うとのことでお選びになっておりました」

「ジャジー!?」

 伝えるつもりのなかった情報まで渡されてしまい、なんだか急に気恥ずかしくなってきてしまった。

「そうか。それは、嬉しいな」

「……よかったです」

 傍から見たらとても無愛想な対応になってしまったように思うが、今日のシャーロットは普段のような余裕は持ち合わせていない。

 スティーヴンがロゼッタに果実酒を手渡し、オスカーがスマートに馬車の扉を開いた。

「帰宅は便りで知らせた通りだ」

「承知いたしました。シャーロット様、いってらっしゃいませ」

「え!?」

「どうされました?」

 何を驚いているのかわかっているくせに、恍けるジャスミンに抗議したいが、もう馬車に乗り込んでしまった。正面にはスティーヴンもいる。はしたない真似はできない。

「………なんでもないわ」

「そうですか。では楽しんできてくださいね!」

(聞いてないわよ!聞いてない!ジャジーが留守番だなんて!)

 そんなシャーロットの心情は露知らず、馬車が動き出した。




「皆の前だったから言わなかったが、今日の服も髪型も可愛らしくて似合っている」

「……ありがとうございます。実は、養母が仕立ててくれた洋服なのです。ずっと着られずにいましたが、今日漸く袖を通すことができました」

(よし、シミュレーション通り!いけるわ!)

 スティーヴンのことだ。服装や髪型について何か言ってくることは想定していた。これくらいなら社交界で慣れているから受け流せる――と、思っていたのだが。

「そのような大切な服を、今日この日に着てくれて嬉しく思う」

「あっ」

 自分で墓穴を掘っていることに気が付いてしまい固まると、スティーヴンが笑いを堪えるように肩を震わせた。

「そのように緊張しなくていい」

「………はい」

 早速取り乱してしまったことに頭を抱えたくなる。緊張していることにも気づかれてしまった。

「今更なこと聞くが、シャーロットと呼んでも?」

「はい、お好きに呼んでください」

(わざわざ許可を取るなんて、まめね。魔王様って、もっと横暴なイメージがあったわ…。あら、そういえば、)

 首を傾げたシャーロットにスティーヴンが不思議そうに眉を寄せる。

「どうかしたか」

「あの、スティーヴン様は普段、今のようなお姿でいらっしゃるのですか?」

「今のような……嗚呼、そういうことか」

 シャーロットの意図することがわかったらしい。一つ指を鳴らせて見せたと思えば、瞬時に姿を変化させた。頭には黒い角が二本生え、耳が隠れる程だった長さの髪も一気に伸びている。

「本来はこの姿だが、この国では目立つし怖がられてしまうからな。術をかけてあの姿にしているんだ」

 目を丸くして固まったシャーロットを見て、スティーヴンが直ぐに元に戻そうと右手を動かす。

「待って…!」 

 指を鳴らそうとしたスティーヴンの右手を掴んで止めてから、己の無礼さに気が付いた。

 さっと血の気が引いたシャーロットが謝る前に、スティーヴンがそれを制する。

「大丈夫だ、怒ったりはしない。寧ろ自然体でいてくれる方がいい」

 見たところ嘘を言ってるようには感じない。ほっと息を吐いて肩を下すが、掴んでしまった手を放すタイミングを完全に逃してしまった。

「それで、どうしたんだ」

「あの、失礼だとは思うのですが……手を、見てもいいですか…?」

 大きな右手が開かれた。それを肯定とみなし、遠慮なく観察する。

 自分よりも骨ばった大きな手には、特に変わったところはなかった。

(一体どういう仕組みで魔術を使っているのかしら…。)

 抱いた疑問はわかるまで調べつくす性分のシャーロットは、夢中でスティーヴンの手を調べる。

(魔術を使うには通常は杖が必要よね?自身の魔力を媒介する役目のものがないと上手く作動しないのに、どうなっているのかしら…。指先になにか媒介になるようなものが埋め込まれていたり…?」

 まじまじと観察していると、突然スティーヴンが拳を握った―――と思えは直ぐに開く。

「わあ!」

 先程まで何もなかった手の平の上に、いつの間にか小さな水晶のついた耳飾りが乗っていた。水晶は見る角度や光の加減によって色や輝きを変え、まるで海のようだった。

「凄い!魔法の手だわ!」

 そう言って顔を上げると、スティーヴンは肩を震わせて笑いを堪えていた。左手の甲で口元を抑えているが、明らかに口角が上がっている。

 一気に顔が熱くなる。貪欲な好奇心のせいで気が付かなかった。

 慌てて両手を引いて膝に手を置く。

「気が済むまで見たらいい」

「も、もう大丈夫、です、失礼いたしました」

「そうか、残念だな。もう一つ驚かせようと思ったんだが」

「えっ」

 ぱっと顔を上げてしまう辺り、とても単純だとシャーロット自身も思う。

(だって、見たいものは見たいし、凄く興味深いんだもの!)

 自身に言い訳をしながら相手の様子を窺うと、スティーヴンは心底楽しそうに笑いながら、右手の手の平に左手を重ねる。

「この後はどうなると思う」

 質問されるとは思っていなかった。考えている間も、スティーヴンは急かしたりせず楽しそうにシャーロットの様子を眺めている。

「消えてしまうと思います」

 シャーロットが答えると、スティーヴンは左手を開いて右の手の平を見せた。予想通り、先程まで乗っていた耳飾りが消えている。

(やっぱり消えたわ!本当にどうやっているの?)

「半分正解」

「……半分、ですか?」

 首を傾げると、微かに耳に違和感を抱いた。ハッとして耳朶に触れるとそこには、つけた覚えのない耳飾りが揺れていた。

「嘘っ!なんで!?」

 久々に大きな声が出た。今すぐにでもジャスミンに伝えたくてうずうずしてしまう。

「もう既にシャーロットは答えを言っている」

(答えを、わたくしが?)

 暫く思案した後、一つの可能性に辿り着いた。

(魔法?いや、でもまさか…)

 シャーロットが答えに自信がないのも無理はない。魔法はとても高度なものであり、そのうえ魔法が使える者は絶滅したと学んだからだ。魔法は魔物や妖精などと交渉を行って成しえる美しい自然の力であり、並大抵の魔力や精神力では使いこなせない。

(ん?魔物や妖精…?)

「わかったわ!」

 きらきらとシャーロットの瞳が輝く。

「魔王様だから魔法が使えるのね!?」

 自信満々に答えたシャーロットに、スティーヴンは満足気に大きく頷いた。

「正解」

「そうよね、魔王様だもの。魔力はこの世界で一番強いでしょうし、魔物たちと仲がよろしいに決まっているわっ」

 正解したことと腑に落ちたことで、すっかり気が緩んでいた。


 我に返ったシャーロットが、今すぐにでも記憶を消してほしいと頭を抱えるまで、あと三秒。




「あの~、到着しました、よ?」

 気まずそうに馬車の中の様子を見に来たオスカーに助けを求めるような視線を向けると、オスカーは笑いを堪えようとして全く堪えられていないスティーヴンの姿を見て目を丸くした。

「魔王様がめっちゃ笑ってる!」

「オスカー、何事」

 ロゼッタまで駆けつけたと思えば、彼女まで驚いたように目を丸くした。

「ふっ……ははっ、待て、すぐ止めるから」

 スティーヴンは数回咳払いをして、漸く落ち着きを取り戻した。

「気を悪くしたか」

「…………………いいえ」

(本当に恥ずかしい、消えてしまいたい…!)

 俯いて自分の握った拳を見つめることしかできない。今日に限って髪は結っているし、きっと耳まで赤いことに違いないと確信している分、さらに恥ずかしい。

「あまりにも無邪気な反応を返してくれるものだから、可愛くて笑ってしまった。すまない」

 顔から火が出るのではないかと本気で思う。耐えきれず、ローブのフードを深く被った。

「……帰りたくなったか?」

 しょんぼりしたような声色に心臓が一際大きく鳴った。

「いいえ。その、この髪では外に出ると、とても目立ってしまいますから…」

 ごにょごにょと言い訳をすると、スティーヴンが安堵したように息を吐いた。

「よかった。じゃあ、行こうか」

 そっと目線だけ上げると、スティーヴンは見慣れた留学生の姿に戻っていた。


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