12.お出掛けの支度
「シャーロット様!晴天ですよ!いや、快晴です!雲もない良い天気~!」
「朝から元気ね、ジャジー…」
ベッドから這い出たシャーロットに、モーニングティーを差し出しながら浮かれた声でジャスミンは続ける。
「今日のデート楽しみですね!」
「デートじゃないわ、お出掛けよ」
紅茶を片手に朝刊に目を通していると、いつものようにジャスミンが朝の支度に取り掛かった。寝室の奥にある広々としたクローゼットの中からジャスミンが洋服を取り出す。今までにない上機嫌で楽し気に鼻歌まで歌っている。
「シャーロット様、本日はこのようなお洋服でどうでしょう!」
(いつの間にそのような服を買っていたの?)
「……黒色にして頂戴」
「ええ~!何故です?折角のお出掛けですよ?」
白色ベースの花柄ワンピースを出されたが頑なに首を振ると、渋々ジャスミンは諦めた。
「なるべく目立たないようなものを選んで頂戴」
「お忍びデート風ですね!かしこまりました!」
「そんなこと言ってないでしょう。全く、もう」
はしゃぐジャスミンにつられて頬が緩んだ。
「あ!シャーロット様、このワンピースなんてどうですか?」
ジャスミンが手に取ったのは、裾や袖口に上品なレースがあしらわれている可愛らしいワンピースだった。ふんわりと軽く、透明感のある素材で肌触りが良い。
「確か奥様が仕立てたのでしたよね」
「そうよ。二年前くらいだったかしら、頂いたのだけれど丈が短くて着られなくて…」
「今は着られますね。着ましょう」
「う、う~ん、でも丈が」
「短くありません。膝下ですよ?」
「そう、だけど…」
「今はもう多少脚を出しても問題ないですし、何より奥様と旦那様が喜びますから!」
「似合うかしら、こんなに可愛らしいお洋服…」
「似合います!とりあえず着てみましょう!ね!」
渋々洋服に手を通すと、肌触りの良い生地に驚いた。肌に馴染むような感覚が心地良い。腰元のリボンをきゅっと締めて絞り、ジャスミンが丁寧に結んだ。
「あら?そういえば今日はお養母様もお養父様もお留守ではなかったかしら」
「お似合いですよ!見てください!」
シャーロットの質問には答えず、ジャスミンが半ば強引にクローゼットの前に置かれた姿見へと連れていく。促されるまま見てみると、想像していたよりは違和感がなかったが、普段見えていない部分が見えているとやはり落ち着かない。
「ねえ、やっぱりいつものにしない…?首も脚も出しているなんて、やっぱり…」
「駄目です。首が出ているのも普通ですし、脚を出していると言っても膝下です。何もおかしくありませんよ。さて、髪型はどうしましょうか!」
ジャスミンの熱弁に押され、大人しく椅子に腰かけた。
「ローブを着ていくから崩れにくい髪型がいいわ」
「髪を隠すなら帽子にしてはいかがですか?」
「駄目よ、人が多いところでは隠さないと」
誘拐されかけた原因は髪の色だった。珍しい容姿の者は売れるらしい。
ジャスミンもその出来事を知っているからか、あっさりと引いた。
「では編んだ髪を後ろに流しましょう」
「任せるわ」
温かい紅茶を飲みながらジャスミンと他愛のない会話を交わしていると、あっという間に髪型が出来上がった。
「……ねえ」
「はい、何でしょうか」
何か問題があったのかとジャスミンが道具を仕舞う手を止めた。
「なんか、気合入ってない…?」
任せると言ってしまった以上文句は言えないが、一応控えめに主張してみる。そんなシャーロットを見て、ジャスミンはにこやかな笑みを浮かべる。
「適度に気合を入れました。大丈夫ですよ、とても可愛らしいです」
「いや、あのね、あまりいつもと変わらないようにして欲しいのだけれど…」
「気合いが入っていると思われたくないからですか?」
歯切れの悪いシャーロットにジャスミンは遠慮なく切り込んだ。
「……デートですよ?ここで気合いを入れないでどうするのです」
「だ、だって」
「だって?」
「恥ずかしいのよ、なんだか」
正直に訴えると、ジャスミンの瞳はさらに輝いた。
(何故そんなに爛々としているの!?)
「大丈夫です!これで行きましょう!スティーヴン様も喜んでくださいますよ!」
「えぇぇ…」
「お化粧しますよ、ほら目を瞑ってください。このあとは果実酒を包むのでしょう?急いで準備しないと!」
(…あんなに容姿端麗な方の隣に並ぶんだから、少しくらい頑張らないと駄目よね。)
心の中で言い訳をすると、落ち着かない気持ちも少しは和らいだ気がした。
「どうしましょう…」
シャーロットは趣味で作った五種類の果実酒を前に腕を組んで唸っていた。
「シャーロット様、あの、まだですか…?」
かれこれ三十分はそうして悩んでいたため、ジャスミンが心配して様子を見に来たようだ。手元にはお洒落な籠を下げている。
「わたくし、スティーヴン様に助けていただいた御礼として、果実酒をお渡ししようと思ったのよ」
「ええ、存じ上げております」
「でもね、わたくしったらスティーヴン様がお酒を飲めるのかも知らないし、好きな果物が何かさえ知らないのよ」
(もしもお酒があまり好きではなかったら貰っても困るわよね。っていうか、そもそも手作りのものを渡すだなんて迷惑だったり…?やっぱりこの国の名産物でもお渡しした方が…。)
ぐるぐると思案していると、ジャスミンが一つ大きな咳払いをした。
「シャーロット様はどれが一番おすすめですか?」
「え?うーん…そうねぇ」
少し悩んだ後、赤い果実の沈んだ瓶を指差した。ミックスベリーの果実酒で、甘みと酸味のバランスが絶妙で美味しく作れたと自負している。
「では、スティーヴン様に似合いそうなものは?」
「それなら、これかしら」
ライムとレモン、少量のミントを漬けた果実酒を指差すと、ジャスミンは満足そうに頷く。
「では、その二つを小瓶に移してお渡ししましょう」
「え!?お酒が飲めなかったらどうするのよ、やっぱりやめましょう…?」
「なにを仰っているのです。スティーヴン様は他国の王子ですよ。お酒は飲めるでしょうし、苦手ならば薄めて飲んでいただけば良いのです。そんなに心配なさらなくても、きっと喜んでくださいますよ」
「そう…よね」
「はい。スティーヴン様は、あのクソ王子とは違いますよ」
「こら、ジャジー?」
「……失礼いたしました」
不本意そうに唇を尖らせたジャスミンに、シャーロットの表情が緩んだ。
「そうね、きっと彼はサミュエル殿下とは違うわ」
(使用人に作らせたんだろう?とか毒を盛ってないだろうな、だなんてきっと言わない。)
なんだか気が楽になった。慣れた手つきで丸みを帯びた可愛らしい瓶に果実酒を移し、窓枠に設置した植木に咲いた食用の花を二つ摘んでリボンで飾り付けた。
ジャスミンが持ってきた可愛らしい籠に二つの果実酒を入れると、丁度屋敷のベルが鳴った。




