第七十九話:千人殺し。
「本日のコンサートは終了致しました。お忙しい中集まって下さいましてありがとう御座います。怪我や事故等ありませんように気をつけてお帰り下さいませ。お疲れさまでした」
興奮冷めやらぬ観客達が口々にコンサートの感想などを語り合いながらゆっくりと会場を後にしていく中、一部の人たちは冷静さを取り戻しつつあった。
「いやーやっぱりアルちゃん最高だわ」
「だなー。って俺ら仕事中じゃね?」
「あー。すっかり忘れてたわ…」
「結構金もらっちゃってるしそろそろ真面目に働かねーとな」
「そーいや不審者を絶対通すなって言ってたけどさ、こんだけ人がいたらどいつが不審かわかんねーっつーの」
「それもそうだよな。どーするよ?そもそも通すなって言ったってどこに通すなって言うのかね」
「なんも教えてもらえなかったからな。そいつらもここでライブがあるなんて知らなかったみたいだし、なんかもう警備はちゃんとやってましたけど人が多すぎてーとかでよくね?」
「あーそれ採用。ってかちょっとトイレいこうぜ」
「でもライブ終わってトイレ~って奴多いから行列できてんぜ?」
「マジか…さすがに俺でもこの歳で立ちションはなぁ…お、あっちのトイレあんじゃん」
「あそこは使用禁止って張り紙してありましたよ?」
「しらねーよそんなの。出すもん出せれば別に流れなくてもいーわ」
「マジっすか!」
「まぁ行列に並ぶくらいならその方がマシかもね。俺もいくわ」
そんな会話を繰り広げながらガラの悪い連中が俺も俺も、と5~6人でトイレに向かい、そしてトイレ内の惨状を目にする。
「…ちょっ、これ俺ら以外に雇われてた奴らだよな…?」
「そうみたいっすね…あ、先輩…奥の方おかしくないっすか?」
「なんだこれ!?隠し通路あんじゃんかっけー!」
「不審者通すなってもしかしてここの事か?」
「やべー面白そうじゃん行こうぜ!」
「でもここ通すなって言われてんのに俺らが行ったらまずくね?」
「でも気になるだろ!?」
「なるなる!」
「んじゃいこーぜ!」
「「おぉぉぉー!!」」
執事の多野中は、冷静を保ちつつも焦っていた。
新たに立ち塞がった人物が自分の良く知る相手だったからだ。
「お嬢様お下がり下さい!」
突然有栖目掛けてどこからともなく小さなゴムボールのような物が飛んできた。
多野中が有栖を庇うように前に出てそれを弾き飛ばす。
どうやこちらに何かを投げてきた相手は二つほど先の角に潜んでいたようだ。
その相手が姿を現すと多野中は一瞬息を呑む。
「またこれはこれは…懐かしい顔と遭遇してしまいましたな…」
多野中は今までのような余裕の笑みを消し、少しだけ重心を落として身構える。
「…マジかよ…まさかこんな糞みたいな仕事でお前に会えるとは思わなかったぜ」
対するは金色の短髪をきっちりと角刈りにした筋骨隆々の男性だった。
「た、多野中…お知り合いですの…?」
「えぇ、彼の名前はジャックバウエル。昔の仕事仲間とでも言うのでしょうか。出来ればもう見たくなかった顔です」
ジャックバウエルと呼ばれた男は「くっくっく」と笑いを堪えながら多野中の言葉を聞いていた。
「そんな名前で呼ぶ奴はあんたくらいのもんだぜ。今ではジャバウォックで通ってる。これでも結構有名になったんだぜ?」
「知っていますとも。あれからずっとその世界で頑張っていたのですな。執事になってからもたまにその名前は耳にしていました」
ジャバウォックは少し驚いたように眉を寄せながら言った。
「執事…だと?そもそもお前死んだって話だったのになんでこんな所にいやがる。それにその服…まさか本当に執事やってんのか…?」
「左様。いつだったか仕事でつまらない失敗をしてしまい瀕死の重傷を負ってしまいましてな。なんやかんやあってこの国に流れてきたのです。そのあとなんやかんやあってこのお嬢様の家に仕えることになったのです」
「…なんやかんやが多すぎないか…?」
「すみません。説明するのが少々面倒でして。お嬢様も聞いている事ですし」
ジャバウォックが有栖をちらりと見て、「まだガキじゃねぇか」とつまらなそうに呟く。
「あ、あの…ジャバウォックさん、ですの?出来ればその…ここを通してくださると嬉しいのですけれど…」
そんな有栖の言葉を聴いて彼は大声で笑う。
「はははははっ!こいつはいい。この流れで俺に馬鹿正直に通してくれってか。いいぜ。通りな」
「ほんとですの!?いい人でしたのね♪じゃあお言葉に甘えていきましょう多野中」
「おっと、行っていいのはお譲ちゃんだけだぜ。そこの千人殺しは置いていきな」




