第五十話:彦星アルタの場合・2
ようやく諦めがつき、その場を後にする。
家政婦は既に就寝しているようで誰もブレーカーを上げようとしない。
父も母も家にはいないのだろう。
やむを得ず彼女は自分で電気を復旧させるため、モバイル端末のライト機能をオンにしてブレーカーを探す。
やっと見つけたブレーカーはアルタには手の届かないところにあった。
四苦八苦し、やっとの思いで掃除用のほうきでブレーカーを上げる事に成功。
それでも電気は復旧しない。
アルタは原因を考える。しかしそんな知識は持ち合わせていないため仕方なくネット検索に頼ろうとしたが、パソコンは電気が通っていないので使えず、モバイル端末も携帯電話としての利用ではなく主にゲームの為に使っているのでキャリア通信が出来ない。家のwifi環境が通電せず死んでいる今検索のしようがなかった。
家政婦を起こそうかとアルタは少し悩んだが、あの家政婦は寝ればいいだろうと言って動きはしないだろう。
今は仕事時間外なのだ。
あれこれ考えていても何も解決しないと思い、アルタは家への送電線でも切れているのではと玄関を出てあたりを見渡す。
そこで、奇妙な物を目撃する事になる。
家へと繋がる電線に、何かがぶら下がっていた。
ぶすぶすと嫌な音を立てて煙が上がっている。
しかも大きい。何か大きなゴミでも飛んできて電線に絡みついたのだろうかと、アルタは目を凝らしてよく観察してみる事にした。
すると、その大きな黒い塊は動いたのだ。
「こいつ、動くぞ!」
アルタは思わず叫ぶ。
「あの…助けてください~」
どこからか間の抜けた声が聞こえてくる。
「ここですよここ~」
アルタは耳を疑う。
まさに電線にひっかかっている黒焦げの物体から助けを呼ぶ声がするのだ。
まさか泥棒が電線伝いに家に侵入しようとして感電したのだろうか。
「アンタ泥棒?もしそうなら助ける必要ないわよね」
「違いますよぉ~わたし、天使ですぅ~」
思わずアルタは噴き出してしまった。
「アンタそれ笑える冗談ね。天使様なら自分で飛んで降りたら?」
「そうしたくても感電してうまく体がうごかなくってぇ~」
イライラする。
喋り方も間延びしていて一言一言がアルタをイラつかせた。
「それで?天使様はそこから落ちたくらいで怪我するの?天使なのに?」
「いえいえ~このくらい怪我なんてしませんよぉ~ただ、落ちたら痛いだろうなぁ~ってだけでぇ~」
ふざけた女だ。
アルタにとってこういう世迷言を言うような人間が一番嫌いだった。
現実主義なのである。
「知らないわよそんなの。アンタが勝手にそこに引っかかって痺れてるだけでしょ。怪我しないならさっさと自分で落ちてきなさいよ」
通報してやるから。
…いや、今電話は使えない。
だとしたら落ちてこられて困るのはアルタ本人の方では、と一瞬ヒヤリとしたが、よくよく考えればあの高さから直接地面に落下したら無事で済むはずがない。
死ぬか、運が良くて体のあちこち骨折して身動きとれなくなるだろう。
だったら問題ない。自分の命を守るために最善なのはあのままあそこで助けを待つことだ。
下りてくる筈がない。
「ひどいですぅ~でも、したかないですね…わかりましたぁ~今から下りますねぇ~」
待て、この女死にたいのか?それともただの馬鹿なのだろうか。
そもそも何故感電してそんなに普通にしているのだろうか。
アルタの頬を嫌な汗が伝う。
こいつはヤバい奴だ。
ぼとっ
そんな事を考えているうちに、アルタの目の前に女が落下してきた。
「いったぁ~いですぅ~」
その女は何事もなかったかのようにゆっくり立ち上がる。
「あ、やっと痺れも取れてきましたぁ~♪」
「あ、アンタ…いったい何なの?」
人間じゃない。こんな理解できない生き物が人間であってたまるものか。
アルタは目の前の生物を全否定する。
人間ではないどころか、この世の生物とは到底思えなかった。
そして気付く。
この女は最初から言っていたではないか。
「だからぁ~天使ですぅ~♪」
アルタにとってショッキングな出来事ランキングを更新した瞬間だった。
「アンタ…どっから来たのよ。天界、とかいうやつ?」
「う~ん。そういう名前はとくにないです~。強いて言うなら人々の感情が漂う世界、でしょうかぁ~」
イライラする話し方だが、そんな事どうでも良くなるほどアルタは目の前の天使が気になった。
「そもそもぉ~天使って言うのは陽の気が満ち満ちて結晶化した存在なんですけどぉ~。陽の気ってある程度溜まるとあっちの世界ではきゃぱおーばー?とかいうのになって放りだされちゃうんですぅ~」
アルタは今まで吸収してきた中二病的知識をフル稼働させて理解に努める。
が、大抵の場合天使というのは天界に住んでいて悪魔と敵対するそんな存在である。
気が満ちた世界でキャパオーバーになると凝固して放り出されてくる天使なんて聞いた事がないしなんか嫌だ。