第四十四話:舞華権座衛門の場合・3
案の定乙姫は上級生に殴られ、あっという間に顔がボコボコ腫れていく。
もうやめなよ。
権座衛門はそう言いたかったが、必死な彼の顔を見ているうちにそんな身勝手な事を言えないようになっていた。
もうやめて、そんな言葉は守られる側の身勝手である。守る側の気持ちをないがしろにしている。
守りたい相手から守らなくていい、尻尾を巻いて逃げろと言われて逃げる人は主人公ではない。
今まで読んできた物語の主人公はどうしていた?酷い人間が主役の話もあった。それでも王道ストーリーの主役達はいつも自分が守りたいものを必死に守る。どんなに自分が傷付いたとしても。
この少年は自分にとっての主人公なのだ。
ならば自分の役割はただ守られるだけの村人Aでいいのだろうか。
それとも主人公の親友?或いはヒロイン?
その二つはどちらも甘美な響きであったし、そのどちからに甘んじても良いのではないかと権座衛門は思った。
ただ、この場において乙姫が容赦なく殴り飛ばされているのをただ眺めているだけ、なんて事が、もう自分には出来なくなっていた。
きっと自分が出て行っても迷惑になるだけ、一緒に殴られてあげることしか出来ない。
それは解りきっていたのだが、権座衛門は静かに立ち上がり、上級生の前に立つ。
その時はまだ自分の体の異変に気付く事はなかった。
上級生の振るう拳を眼で追う事も出来ず頬に思い切り衝撃が走る。
衝撃、だけが走る。
顔色を変える上級生。
ずっと遠巻きにこちらをみているクラスメイト。
そしてもう意識を失いかけている乙姫。
その全てがこちらに注目していた。
悲鳴をあげたのは上級生のほうだったのだ。
権座衛門は確かに思い切り殴られたが、まるで何か見えない壁に守られてでもいるかのように、全く痛みを感じなかった。
むしろ相手の拳が嫌な音を立てて形が変形している。
上級生も、その弟も、一目散に逃げていった。
勿論この乱闘騒ぎは学校的に問題になったが、一方的被害者だった事、権座衛門が一切手を出さなかった事を周りの目撃者が口をそろえて教師に伝え、問題の原因はいじめっ子とその兄、と言う事に落ち着いたのだ。
勿論その日から権座衛門がいじめられる事は無かった。
「権座衛門すげーな!おれが守る必要なんて全然無かったんだ…余計な事してたんだな」
寂しそうに少年がそう言うが、そんな事はないのだ。権座衛門は何よりも、誰よりもこの少年に感謝していたし、この少年をもっと知りたいと思った。
「権座衛門って呼ぶのやめてほしいんだよ」
それからは積極的に権座衛門の方から彼に接触をはかるようになる。
知れば知るほど星月乙姫という人間は自分と決定的に違っていて、だからこそ面白い。信頼できる唯一の友人となった。
「舞華ってこういう不思議な物がすきなのか?」
権座衛門は乙姫を自分の部屋に招いていた。彼は数あるオカルトグッズを一つ一つ持ち上げて一通り細かく観察してから、「こういうのってロマンだよな!」と言った。
そんな彼を見ていると権座衛門も、再び集めてみようかなという気になる。
乙姫がまた一つ違う物を手に取る。その手を良く見ると絆創膏が無数に貼り付けられている。手だけではなく、彼は権座衛門を守ろうとしてきた事でいつも怪我ばかりしていたので体中に切り傷擦り傷打撲痕が山のようにあった。
「おとちゃんはさ、いつも無理しすぎなんだよ。もう少し自分を大事にしないと」
乙姫と呼ばれるのを嫌がる彼の為に呼び方を考えたのだ。いろいろ考えてみたがそれが一番しっくりきた気がした。
「わざわざあだ名考えてくれたのか!愛してるぜマイハニー!」
権座衛門は戸惑う。どういう意味で言っているんだろうかこの少年は…と。
勿論恋愛物の小説で出てきた事のある言葉通りの意味ではないだろう。
「まいはなだからまいはにー♪なんてな」
にっかりと笑う彼の顔を権座衛門はいつまでも見ていたいと思ってしまった。
それがいったいどういう感情なのかは考えてはいけないように思えたが、そんな事はどうでもよくて、一つだけ心に誓った事がある。
彼は自分を守ってくれる。だから、自分も彼の事を守るのだ。と。
彼は自分にとっての主人公でありヒーローだが、自分が友人やヒロインポジションにお落ち着く気にはなれない。
なら今から始めよう。自分が主人公になれる自分の物語を。
彼の物語の中では脇役で構わない。
ただ、彼を守れる人間になりたい。
彼がやめろと言っても、逃げろと言っても、そんな彼の事情を無視して守りきれるような存在になりたい。
彼の為、そしてそれ以上に自分の為に。
その為には自分の事をもっと知らなくてはならない。
そして、もっともっと強くならなきゃならない。