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悪魔でも腹は減る(β)  作者: monaka
◆不幸が終わる話
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第三十九話:御伽・ファクシミリアン・有栖の場合・2

 多野中が退室した後、いつまでもこのままではいけないとだるい体を起こす。


 テーブルまで移動し、まだほんのり暖かいスコーンを二つに割って、添えられたジャムを塗り頬張る。


 どうやらアールグレイの茶葉を細かく刻んだ物が練りこまれているらしくとてもいい香りがした。



 甘みを抑えたジャムとも良く合い、ぼうっとしていた脳内が澄み渡っていく。



 有栖が昔友人関係でぎくしゃくして今と同じように部屋に引きこもっていた時、多野中が有栖に持って来てくれた物も確かスコーンだった。



 いつもこれに救われているような気がする。有栖はそんな事を思いながら乙姫にも食べさせてあげたいな、と考えていた。



 きっと今辛いであろう彼に少しでも元気を出してもらうために。



 そして彼との出会いやここ数日の事を思い返す。



 よくよく考えると食事中に思い出すような事ではなかったと彼女は反省したが、それにしても酷いきっかけだった。



 勿論彼とはクラスメイトだったわけだし、席が隣だったので他の男子達よりは接点があったように思う。



 ただ有栖の方から関わるような事はほとんどなかったし、彼の方からも接してくる事はほぼなかった。



 だが、あの時彼が見せた優しさが、その場に流されての物でない事くらいは知っていた。



 いつだったか体育の授業中に気分が悪くなった男子にいち早く気付いたのも彼だったし、すぐに背中に担いで保健室に走って行ったのも彼だった。



 あの時は他人の為によくそこまでするな、程度にしか思っていなかったが…そういう事がいくつも重なり、細かい所に気が付くところや優しい所、お人好しな部分などがとても目につくようになると、有栖は多少なりとも彼に興味を持つようになっていた。



 勿論恋愛感情などではなかったが、そういう時に何もできない自分と比べて勝手に劣等感や羨ましさを感じる事があった。



 あの件で彼とよく話すようになってからは尚更である。



 そもそもクラスでも変なあだ名を付けられて陰でこそこそと悪口を言われているような自分に対し普通に接してくる時点で有栖にとっては不思議な存在であった。



 白雪のせいというのはあるが、あんなにも破廉恥な男なのにどうしてこんなに気にかかってしまうのだろうと有栖は自問自答する。



 もとより有栖は他人と距離を持ちたかったわけではなく、ただうまくコミュニケーションが取れないだけなのだ。



 小さい頃もそれで何度泣いたか分からない。いつからか、こんな思いをするくらいなら最初から他人との距離はある程度保つべきだと考えるようになった。



 それがだんだんと自分と他人との区別、自分はお嬢様であり、他者は庶民である。そういう区別に切り替わっていく。



 乙姫もその庶民の一人だ。



 だが、自分の価値観やプライド、つまらない隔たりを簡単に壊してしまう力を持った庶民である。



 彼ともっと昔に出会えていたのならば自分はこんなつまらない人間ではなく、もっと人と接し人の輪の中で生活できる人間になれていただろうか。そんなふうに有栖は思った。



 出会うタイミングは選べない。だが近づくタイミングは己次第。



 つまり少なくとも入学当日から自分は変わるチャンスがあったという事だ。



 それを今まで棒に振って来た事のなんと愚かしい事か。



 今ではそう思える。



 自分が変化してきたのはすべて彼のせいであり、彼のおかげであるのだ。



 目に見えて何かが変わったわけではない。ただ、ほんの少し今までよりも素直になった自分が、有栖は嫌いではなかった。



 少しだけ冷めてしまった紅茶に口をつけながらくすりと笑う。



「爺ったら、紅茶と紅茶が被ってましてよ」



 しかしそんな事が全く気にならないほど、スコーンも紅茶も美味しかった。



 スコーンはさすがに彼が作ったわけではないだろうが、紅茶はいつも多野中が入れてくれているのを思い出し、これ以上心配かけないようにしなくてはと自分の頬を叩く。



「うん、もう…大丈夫」



 昨日皆と食事を取った後、有栖がわがままを言って最後に観覧車に乗る事になった。



 辺りは夕日が落ちてきていて、綺麗な夕焼けが広がっていたのを鮮明に思い出す。



 そして、観覧車が一周し、アルタ達と別れようとしていたその時、惨劇が起きた。



 あの事件で彼は意識を失いそのまま病院に運ばれた。今頃もう目覚めているだろうか。



 そして…一つの別れがあった。



 彼はまだその事を知らないのだろうか。それとも知って、悲しんでいるだろうか。



 もしそれが自分だったら、同じように彼は悲しんでくれるだろうか。



 そんな事を考えるのはらしく無い。解っているが、一度気になると頭から完全に追い出す事はできなかった。



 このまま家でごろごろしていても何も変わらない。



 有栖は彼をお見舞いに行く決心をし、服を着替え始める。



 天気と気温を知るためにテレビのスイッチを入れると、昨日皆と訪れた海寄ランドが特集されていた。



 生中継で、何事も無かったかのように、そして何事も無く、はしゃぐ子供達が映し出されている。



 有栖には昨日の彼の行動が最適解だったかは判断できないが、少なくとも彼が守った物が今テレビに映っている。それが誇らしかった。



 彼が眼を覚ましているかはわからない。



 彼がまだ病院にいるかもわからない。



 しかし、有栖は彼に、星月乙姫に会わなくてはいけない。そんな気がしていた。



 自分の中のもやもやを晴らすため。それも一つの理由ではあるのだが、どんな理由も薄っぺらく感じてしまう。



 ただ会いたいから会いに行くのだ。




 行動理由は、それだけでいい。




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