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悪魔でも腹は減る(β)  作者: monaka
◆不幸が終わる話
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第三十八話:御伽・ファクシミリアン・有栖の場合・1

「おはよう御座いますお嬢様」


 午前八時、コンコンという軽いノックとともに有栖の部屋を執事の多野中が訪れた。



「…爺。おはよう」



 昨夜有栖は帰宅するなり寝室に篭ってしまったので多野中は具合でも悪いのかと心配していたのだ。



「体調でも悪いのでしょうか?それとも昨日の遊び疲れですかな?」



 彼は有栖が疲れて篭って居た訳ではない事に気付いているが、それが彼なりの優しさだった。



「…そうですわね。少し体がだるいだけですわ。心配させてごめんなさい」



「でしたら後ほどメイドに風邪薬でも持ってこさせましょう」



 昨日友人達と遊びに行ってから有栖の様子がおかしい。今のところこの屋敷でそれに気付いているのは多野中だけだったが、出来る限り自分からそれを話題に出す事はしなかった。



 多野中が御伽家で執事として働くようになってからもう五十年近く経つ。今の当主の先代からの勤めである。



 故に現当主夫妻の事は子供の頃から知っているし、有栖の事は生まれた時から成長を見守ってきた。



 多野中にとって有栖は自分の孫のような存在なのだ。



 しかし多野中は自分が執事である事を忘れてはいない。当主夫妻や有栖がいくら家族同然の扱いをしてくれようとも、自分は一歩引いた場所から執事としてのお勤めを全うするというのが彼のポリシーなのだ。



 身近に居すぎては見えない事もある。身近でなければ解決できない事は家族が解決すべきであるし、それ以外の問題を見逃さず、きちんと対処できるようにするための決意だった。



「お嬢様、朝食代わりにこんな物をお持ちしましたのでよろしければ召し上がって下さい」



 多野中はテーブルの上にスコーンと良い香りのする紅茶を並べた。



「ありがとう。頂きますわ。それと…今日は学校をお休みします。そのように…」



「かしこまりました。そのように連絡を入れておきます」



 有栖は幼い頃から友人と呼べる存在が居なかったように思う。対人関係で躓いたり、落ち込んだりすると決まって今と同じような顔をするのだ。



 これは家族、そして自分自身が解決すべき事、執事の自分が関わっていい問題では無い。



 そう理解しているのだが、今回はどうもいつもと様子が違うように思えてならなかった。



 複雑な思いに葛藤しながらも多野中は…有栖の眼の端に煌いた水滴に気付き、つい、それを口にしてしまった。



「お嬢様、もしや昨日何かあったのではありませんか?もしかすると星月様絡みの件でしょうか?」



 彼は言いながら早くも後悔していたが、一度言い出してしまった事を引っ込める事も出来なかった。



「そう、ですわね…確かに…いえ、やっぱりなんでもありませんわ。心配かけてごめんなさい。でも本当に大丈夫ですのよ」



 そこまで言われてしまってはそれ以上の詮索は野暮というものである。



「そうですか。なんにせよあまり無理はなさらないようにお願い致します。それでは私はこれで」



 それだけ言うと一礼して退室する。



 やはり昨日何かあったのだろう。



 星月乙姫、多野中は彼の事を書類上のデータで解る事しか知らない。だが、一度顔を合わせた際のやり取りで妙な安心感を感じていた。



 有栖が男性の家に、いや、他人の家に行くこと自体初めての事であるし、彼女も彼の事を悪くは思っていないだろう。



 出来る事なら友人として、あわよくば恋仲にでもなってもらって心身ともに有栖を支えてくれれば、と期待していたのだ。



 何があったのかは解らない。彼が原因なのかどうかも確証は無い。



 もやもやとした物が頭を占領してくるが、多野中は執事である。家族ではない。男女の関係にまで口を出す気は無いのだ。



 これからの事も、現在抱えている悩みも、当人達で解決してくれる事を祈った。



 多野中はメイドの一人に風邪薬を届けるように言い、そのまま庭に出る。



 振り返り、自分が長年、そしてこれからも仕えていく有栖家を見上げる。



 敷地は広く、屋敷は豪華であるが品のある作りで、きっとこれからも平和な日々が続いて行くのだろう。



 今までの有栖の成長とともに在ったこの屋敷を眺める度に彼は優しい気持ちに包まれる。



 そして、彼女の事を思い、眼を細めて独り言を洩らした。



「風邪薬では、治らぬ病でしょうな…」


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