第三十六話:乳揉み魔VS八百長アイドル。
「アルちゃん、流石にそれは酷いですぅ~。それに、人の命が失われるような事わたしが見過ごす訳ないですよぉ~?」
ちょっと待てよ。負債しかない俺には出来なくても、幸福エネルギーとやらをしこたま発生させ続けているアルタには出来るんじゃないのか?
「ネムさん、でいいんですよね?ネムさんは俺と白雪との契約を破棄させる事って出来るんですか?それだけのストックはありますか?」
「何一人で逃げようとしてんのよ!」
アルタがもの凄い剣幕で俺を怒鳴りつける。あまり大声出すと外に聞こえるぞ。あくまでも確認の為に聞くだけだ。
「う~ん、多分ですけどぉ~出来ると思います~♪」
「お主、わらわを切り捨てるつもりか?」
「別に契約が切れたってすぐあっちに帰る必要はないだろ?ほかに宿主やりたい奴もいるかもだしさ」
「でもぉ~あまり気は進みませんねぇ~」
ネムさんは唇に指を当てながら首をかしげつつそう言った。
「出来る出来ないというよりは貴方個人の為に人々から集めた幸福エネルギーを使うっていうのがぁ~どうかなぁ~って」
「ほらみなさい!アンタだけ一人で助かろうったってそうはいかないわよ!私だって絶対そんな命令ネムにしないから!私を開放するまでは一緒に地獄を見てもらうわ!」
そんな宣言嫌だ。
アルタは「契約の事はしょうがないわ」と、それについては諦めたようだが…どうやら似た境遇故に目を付けられてしまったらしい。
「お互い、協力関係を築いていきましょう?嫌なら今日の事アンタの仕業だってバラす」
…そこまで言われてしまってはこちらもカードを切るしかあるまい。
「協力関係っていうのは対等な関係だよな?もし一方的な物を考えてるなら…」
「ふん、だったらなんだっていうのよ。交渉なんて出来る立場だと思ってんの?」
やはり一方的に便利な使い方をされるところだったようだ。しかしそうはいかない。俺は一度深呼吸して、切り札を口にする。
「偽乳をバラすぞ」
「なっ…」
ステージで抱き着いた時にもしやと思ったが、引きつるアルタの顔を見る限りどうも図星だったらしい。
「偽乳とはなんじゃ?」
「紳士としてその物言いは流石にどうかと思いますぅ~」
「あ、アンタ…そんな事したらどうなるかわかってるんでしょうね?」
アルタは目に涙を浮かべながらこちらを親の仇のような眼で睨んできた。
「中学生の胸揉んどいて…最低だわアンタ」
「パッド盛りすぎなんだよお前!」
売り言葉に買い言葉という奴である。
このお互いの秘密があれば対等な関係を保っていけることだろう。
「偽乳とは偽物の乳の事かなるほどのう。確かに更衣室で見たときはもう少し小さかった気がしたのう」
ば、馬鹿余計な事を言うな。
「…更衣室?悪魔の…しらゆき、だっけ?私が着替えてるときにあそこにいたの?」
アルタが不思議そうな顔で白雪を見つめる。
繰り返す。余計な事は言うな。
白雪は少し考えた後、俺の顔をじっと見つめ、俺の言いたい事を理解したように頷くと…ニヤリと笑った。
「おお勿論生着替えを拝ませてもらったぞ。こいつも一緒じゃったがの」
言いやがった!こいつその方が面白くなるだろうとかそんな考えに違いない。白雪のそういう今が楽しければいいみたいなところは後で説教が必要だ。
そして今の俺に必要なのは何だ?どうしたらいい。
みるみる内に顔を真っ赤にして鬼の形相になっていくアルタに危機を覚えつつも出来る限りクールに考える。
よし、逃げよう。
俺はすぐさま体を半回転させ背後の扉に手を伸ばした。
横スライド式の扉の取っ手に手が届いた時、外から声が聞こえた。
どうしていつもこうなる?俺が何かしたのか?…したのか。
「なんだかこのあたりから乙姫さんの声がした気がしますわ」
「おとちゃんまだお腹痛いのかなぁ」
「あんな人放っておいていいんじゃないかしら?」
「さっさと合流してうまいもんでも食いにいこーぜ腹減ったよ」
今出るわけには行かない。
何故だかこのタイミングで俺を探しに来たご一行が扉の外にいる。間違いない。
今出て行ったら皆に誤解されるだけではなく泡海に殺される。
「アンタ逃げるつもり?」
そして背後から冷たく冷え切った声。怒りを通り越して冷酷さが滲み出ている。
「ま、まて。逃げないから話をきっ」
どごっ!
俺が言葉を言い終える前に、勢いよくジャンプしてきたアルタの靴底が俺の顔面にめり込んだ。
「殺す!変態破廉恥痴漢覗き魔ぁー!」
いくら体重が軽いであろうアルタでも、勢いをつけた飛び蹴りは相当の威力であり、俺も後ろに吹き飛ぶ。
二人分の体重を多目的トイレのドアは受け止めることが出来なかった。
アルタのドロップキックによりドアがはじけ飛び、そのまま二人ともゴロゴロとトイレの
「ぐあっ…お、落ち着けアルタ!今それどころじゃ…」
「うるさい煩い五月蠅い!乳を揉んだのはその、アレ越しだったからまぁ許してやろうかとも思ったけど女装してまで着替え覗いてやがったのは絶対許さねぇ!」
アルタが俺の上に馬乗りになって殴ってくる。
威力は大した事ないがマウントを取られた状態でうまく身動きが取れない。
耳元に、ぼちゃっという音がして顔に冷たい雫がかかる。
「い、いいいいいったい、これはどういう事ですの?アルタさんが乙姫さんに、え?乙姫さんが女装?着替え、覗き、乳揉み…?トイレに二人で何を…?」
いつの間にかみんな勢ぞろいで俺たちの周りを取り囲んでいた。
先ほどの雫はどうやら有栖が手に持っていた飲み物を落としたらしい。
有栖が頭を抱えて崩れ落ちる。
それを咲耶ちゃんが「おっと」と支え、可哀そうな人を見るように言う。
「お前…いくら性に目覚めてもしょうがない年でもやっていい事と悪い事くらいあるだろ…」
頼むから言い訳させて!そんなめで見ないでー!
「…やっぱりあの熊は貴方だったのね。あの時は気が動転してつい撃ってしまったけれど…改めて殺す事にするわ」
頼むから言い訳をさせろ!
俺の望みは叶わない。声が出ない。なぜって?アルタが俺の首を絞めてるからさ。死ぬ。