第三十三話:先輩激おこ発砲騒ぎ。
バタバタと人が動き回るステージ裏でこそこそと白雪の用意した熊の着ぐるみに入り込む。
どうやらサイリウム(ライブ会場で振る光る棒のような物)を振り回してパフォーマンスする予定だったらしく、モコモコした着ぐるみなのに手の平の部分だけは穴が開いていた。そこから手を出してサイリウムを持つのだろう。手の甲の方はフカフカの毛があるのでおそらく手を握ってしまえば客からは分かりづらいように出来ている。
これは…運がいいのか、悪いのか。
男としては運がいいのだろうが罪悪感的には悪い。まぁ穴が開いているものは仕方ないのだ。俺のせいじゃない。
ふと、眼鏡をかけたベリーショートの女性がこちらに近寄ってきた。
一瞬身構えてしまったが、ただ出番の確認をしに来ただけだったようだ。「予定通り二曲目のイントロが始まったらステージに上がってちょうだい」と、それだけ言うとすぐにどこかへ行ってしまった。他の担当の人たちにもそれぞれ声をかけて回っているようである。おそらくアルタのマネージャーかこのステージの責任者とかだろう。
「はーいみんなー♪元気してる~?」
「「「イェーイ!」」」
どうやらライブが始まるらしい。アルタの呼びかけに大勢の客が応える。その中にひと際大きな聞き覚えのある声があったような気がするが、俺は聖徳太子じゃないし大勢の中から知り合い(彼女)の声だけを聞き分けるなんてほどの愛も特技も持ち合わせていない。
「今日は数曲だけだけどみんなと一緒の時間思い切り楽しむから、みんなも楽しんんで行ってねー♪じゃあ一曲目いっくよ~♪」
聞き覚えのあるメロディーが流れ始める。彦星アルタの曲、という認識はなかったがいろんな店の中でかかっていた曲だった。そうか、これアルタの曲だったのか…。
確かCMなどにも使われていたように思う。記憶が定かではないが、歌詞はともかく俺でもメロディーを口ずさむ事くらいはできた。それだけ世に広まっているという証拠なのだろう。
「恋したあの人を~取られるくらいなら~いっそあの子をあたしに夢中にさせて~あの人の事忘れさせるの~♪」
よくよく聞いてみればなんて歌詞だ。高次元すぎて俺には素直に共感する事ができない。
観客はさらにヒートアップしているようで、合いの手のような大声が歌の各所で響き渡った。
「あの人の事を~忘れさせる筈だったのに…気付けば~あの人を忘れていたのは私の方だった~もう君しか見えないの~♪」
曲の終盤では歌詞がさらにもう一次元上に上がったようだ。
人気があるのも納得の歌唱力ではあるのだが、なんだか妙な違和感を感じる。
いや、難癖をつけようとしているわけではなく、何というか背筋のあたりに気持ち悪いものが駆け抜けていくような感覚。
「…やはりあの女…どうやら一曲終わったようじゃぞ。次が出番じゃ。しっかりやれよ」
いつになく神妙な顔つきの白雪に背中を押され、二曲目の前奏が始まると同時にステージに飛び出る。
二曲目は、先ほどのテンポのいい曲とはうってかわってコテコテのアイドルソングといった雰囲気だった。
飛び出したはいいもののどんな動きをするのかなどまったくもって分からないので怪しまれる前に一気に行動に移す事にした。
「薄、むら~さき~の、胡蝶蘭が~ひっ、ひゃぁぁぁぁぁっ!」
背後からそろりと近づき、うしろから羽交い絞めにする。
甲高い悲鳴が会場を駆け抜け、客も一瞬何が起こったのかわからなかったのか呆然と固まる。
背後から「もっとじゃ!やれ!」という白雪の声。もうどうなってもしらん。
思い切りアルタの胸を揉みしだく。
…が、何かがおかしい。これは、もしや…
「て、てめぇ…いい加減にしやがれ…」
アルタが俺の腕を逃れ、涙目になりながら凄まじい形相で睨んでくる。
「ぶっ殺す!」
しかし、反撃を覚悟していた俺に対して殺すという声は、アルタではなく観客席から飛んできた。間違いない、泡海の声である。
観客の誰よりも素早い反応。そして三発の銃弾が着ぐるみの首の部分と、心臓、そして下腹部を貫き、ゆっくりと崩れ落ちた。