第二十話:人魚VS悪魔。
響く銃声、硝煙の匂い。世界がスローモーションになる。まるで銃弾が止まっているかのように見える。
これが走馬灯という奴だろうか。人は死を覚悟すると銃弾すら目視できるようになるのだろうか。
「何!?どういうこと!?」
どうやらそうではなかったらしい。銃弾は本当に宙に止まっていた。俺と人魚先輩のちょうど中間あたりで完全に静止している。
「まったく、わが宿主を殺害しようとするとはなんとも肝が据わり、そして愚かな人間よな」
今までどこに潜んでいたのか、白雪が俺の目の前にふわりと現れる。
「い、今どこから!?いったい何者…いいえ、それはどうでもいい。この状況を見られた以上貴女にも死んでもらうわっ!!」
人魚先輩は懐に手を入れると、今まで使っていた手のひらサイズの銃ではなく、もっと大きなハンドガンを取り出し乱射してきた。
けたたましい銃声と、「死ねシネシネシね死ねシネ…何で死なないのよーっ!!」という先輩の声が響き渡った。
銃弾は全て白雪の眼前で停止しており、ふん、と詰まらなそうに腕を振ると銃弾がボトボト床に落ちる。
「ば、ばけ…もの…」
人魚先輩はもはやその場にへたり込み泣き叫んでいる。なんだか、こう…強気な女の人の泣き顔ってぐっと来るものがあるなぁなんて思っていると、考えを見透かしたかのように白雪がこちらを白い眼で見ていた。
「お主は…ある意味大物よな」
それは過大評価というものである。
「この女との会話の中でお主の心は大分揺さぶられていたようじゃが…その分のエネルギーは残念ながらこれで帳消しじゃな。なかなか美味じゃったぞ」
せっかく蓄えた分が無くなったのは残念だがこればかりは白雪に感謝せねばなるまい。なにせ死んでしまっては願いを叶えるも糞もないのだから。
「ひ、あ、貴女…確か転校してきた…」
さすが人魚先輩少女の情報はお早いですね。
「この白雪は俺に取り憑いてる悪魔なんです。だから俺を殺そうとしても無駄なの解って下さい。…なので、冷静に話し合い出来ませんか…?」
この話し合いで丸く収まってくれるのならば俺は負債を増やさず今得た分の消費だけで済む。寿命が縮む思いをしたがなんとかうまく解決できそうだ。
最初から人魚先輩の記憶操作でもしてた方が楽だったのかもしれないがその場合は負債だけが残るので、多少なりともこのまま穏便に済ませたほうがプラスになる。…はず。
泣きながらバタバタと手足を振り回す人魚先輩を二人係で押さえつけてなんとか落ち着かせるまでに三十分ほど要した。
「…と、言うことなんです。こちらの状況解ってもらえました?それが昨日更衣室に忍び込んだ理由で、カードの事はほんとに偶然だったんです」
「…ひっく、えぐ…わかった…。もう、それはいいから…おうちかえらせて…」
もはや別人のようにしおらしくなってしまった先輩はしきりに「おうちかえる…」と呟き続けた。
今日は彼女にとっていろいろな事が起きすぎて頭もパンクしてしまったのだろう。勿論それは俺も同じなのだが…。意外と普段きっちりしている人ほどメンタルは脆い物なのかもしれない。
仕方ないのできちんとした話し合いは後日時間を作って行うことにした。
未だに泣きべそをかいている先輩をなだめながら家の外に出る。
「おうち、おうちかえるの…」
「はいはい先輩、おうち帰りましょうね」
「うん…かえる」
なんだか…こう、背徳感が湧き上がってくる。
「…だいじょぶ。ちゃんと、帰れるから…」
なにやら大丈夫には見えなかったがタクシーに押し込んでしまえば大丈夫だろう。こんな事になる気がして先ほど部屋でタクシーを呼んでおいた。
ほどなくして到着したタクシーに先輩を乗せ、「きちんと行き先を言うんですよ」というと、「おうちまで…」とか言い出すので先輩の懐から無理やり生徒手帳を引きずり出し運転手に行き先を伝えた。




