第十七話:彼女の秘密。
しばらく無言で歩く人魚先輩の後をついていくと、どうやら屋上へ向かっているのだろう事が分かった。一年の教室からなので何度も階段を上っていかなければならない。その度に目の前を登る先輩のスカートがひらひらと揺れて眼のやり場に困った。まぁ見えているわけでもないのだがチラリズムというものがあってだな…
「貴方…一体どういうつもりなの?」
急に先輩が振り返ってそんな事を言うのでしどろもどろになってしまう。
「す、すいません!何も見てません!!」
「…それが答えかしら?まあいいわ、屋上へ出たらもっと詳しく問い詰めてあげる」
それだけ言うとまた階段を上り始めた。やっぱり…アレの事がバレているのだろう。しかしいつどこに痕跡を残した?指紋を採取したわけでもないだろう。誰かに目撃された…?いや、それなら既に大騒ぎになっていてもおかしくない。
あれこれ考えているうちに屋上へ続く扉まで来てしまった。
先輩は俺を先に促し、自らも屋上へ出る。
がちゃりと妙な音がした。
「知ってる?ここの扉の鍵は内側外側どちらからもこの鍵で施錠する事ができるのよ」
先輩は親指と人差し指で鍵をつまみゆらゆらと何度か揺らしたあと、あろうことか胸元にしまった。
いったいどこに収納されているんですかと聞きたい気持ちを全力で抑える。
「い、いや…屋上に来るの自体初めてなもんでして…」
要するに逃げ場はないぞ、と言うことだろう。こんな事なら白雪にもついてきてもらうべきだったか…と思うも、あの状況でついてきてもらうのは不自然すぎたので仕方ないと諦める。
「貴方…私の大事な物を盗んだわね?一体どれだけの物か解って盗んだの?」
追求の声はどんどんきつく、冷たくなっていく。…が、はて。
「ぬ、盗むとは一体なんの事でしょうか…?」
身に覚えがないぞ。
「あ、貴女の…心、です?」
「そう、私の心よ」
…、苦し紛れの冗談のつもりで使い古されたネタを口走ったのだが予想外の返事が返ってきてしまった。ますます解らない…。昨日のアレの事じゃないのだろうか。
「私に隠しきれると思っているの?昨日の放課後、部活中に私のロッカーを漁ったわね」
やっぱりそれですかー。ですよね…。
「な、何てこと言うんですか。何か証拠でもあって言ってるんですか?」
我ながら苦しい言い逃れである。が、証拠が無いのであればもしかしたら万に一つでも穏便にこの状況を打破できる可能性があるかもしれないではないか。
「証拠、証拠ね。勿論あるに決まってるわよ。私あの更衣室に極小の監視カメラつけてるの。家に帰って確認するのが日課なのだけれどさすがに驚いたわ」
ちょっと待て、突っ込みどころが多すぎる。なんで先輩が女子更衣室にカメラなんか仕込んでるんだ。
「ただの変質者ならば吊るし上げればいいだけの事だったのだけれどアレを盗んで行くなんて…貴方一体何者なの?なんの目的でアレを盗んでいったのか説明して頂戴」
だから何それ!!
「た、確かに俺は訳あって昨日女子更衣室に行きました。それは認めます…でも何も盗んでなんかいません。監視カメラがあったなら解るでしょう?盗んだのは俺以外の奴ですよ」
「勿論その可能性も考えて何度も確認したけれどあの日私のロッカーを漁ったのは貴方だけよ。私の心を、心血注いできたアレを、盗むなんてどういうつもり?返答次第ではただではすまさないわ」
心そのものではなく、それほどまでに大事にしている何か、という事だろうか。どちらにせよ盗んではいない。俺が盗みそうになったのは有栖のアレなアレだけだ。それも未遂である。
そういえばアレちゃんと始末したのかな…なんて考えていると更なる追求が始まった。
「正直に答えなさい。あのカードを盗んだのは貴方よね?貴方しかいないわ。だから答えを聞くまでもない。今すぐ返しなさい」
「カードって…秘密のデータでも入ったSDカードとかですか?そんな物を持ってるなんてもしかして人魚先輩ってどこかのスパイとかエージェントとかですか?知りませんよ。ほんとに俺じゃない」
人魚先輩は今までの怒りの表情からフッと感情をなくしたような顔になり、「最ッ悪」と呟く。
「私の秘密を知ったんじゃないかと危惧していたけどまさかそっちの方とは思わなかったわ。でもこれではっきりしたわね。もうカードを盗んだかどうかは別問題。私の正体が知れた以上貴方を生かしておくわけにはいかなくなったわ」
すちゃりと、どこからか小さな銃を取り出す。
「玩具なんて思わないでね。実弾は装填済み。ほんの数発しか撃てないのが難点だけれど貴方を始末する事くらいは容易いわ」
あっれ、あっれー!?なんかおかしな事になったぞ。