第百四話:星月白雪の場合。
正直なところ、白雪は自分に対して疑問だらけだった。
乙姫と契約してこの世に再臨し、乙姫をからかいながら面白おかしく日々を過ごしていくのが心地よかった。
勿論それは異論など無い。
ただ、どうして自分があんな事をしてしまったのかがどうにも解せない。
封印された腕輪の中でもぼんやりとした意識でずっと考えていた。
何故自分はあの時、自分の存在すら危険に晒して力を使ってしまったのだろう。
彼の願いなど無視すればよかっただけである。叶えれば乙姫が死ぬ。叶えなければ大勢が死んで乙姫たちは生き残る。
だったら無理に叶える必要などなかったのだ。
なのに、あの時の乙姫の願いに応じてしまった。彼を殺さないように自分を犠牲にして。
意味が解らない。
宿主を守るのは解る。宿主が死んでは本末転倒であり、契約が切れれば自分の存在が消えていく。
だから願いを叶えるわけにはいかなかった。
だけど、宿主の願いだからこそ叶えてやりたかった。
だから自分を犠牲にした。
解らない。
自分が消えたら、宿主が死ぬよりも本末転倒と言うやつである。
白雪は考えた。悩んで、沢山考えた。
だからきっと、自分を犠牲にしてでも宿主の、いや、乙姫の願いを叶えてやりたかった理由が存在する筈だ。
そう、それが理由なのだ。
きっと宿主だからじゃなく、乙姫の願いだから叶えてやりたくなったのだろう。
だからそこには悪魔としての契約など関係なかったのだ。
ただ力を使えるから、乙姫の願いだから、叶えてやりたかったのだろう。
そこまで彼に思い入れをする理由などあっただろうか?
まだそんなに長い間一緒にいたわけでもない。
確かに彼から流れてくるエネルギーは美味である。
だがそれだけの理由でそこまで気にする事だろうか。
彼は面白い奴であるし、いい奴だと思う。それは間違いない。
…いや、だからか?
以前自分が呼び出された時には人の都合で呼び出され、人の都合で封印された。
あの時はまだ何も解らない悪魔だったからそれも仕方ないと思っていたが今思い出せば腹立たしいにも程がある。
…人間とは汚いものであり、汚く自分の都合で願いを叶えたがる物だ。
なのに初めて自分を呼び出した人間は、思ったのと違ったと白雪を封印した。
あいつが言う思ったのと違ったというのはきっと…
「わらわと契約すればどんな願いでも叶えてやる。それが世界征服でも嫌いな奴を呪い殺す事でもだ」
「うーん。そういう物騒なのしか出来ないのか?」
この男はいったい何を言っているのか。悪魔を呼び出す事に私欲を満たす以外の理由があるのか?
名も無き悪魔は不思議に思う。
「出来ない訳じゃないがやりたくないのう。わらわにとっての楽しみは人が人を憎み合い殺したいと思うような感情よ。その汚い欲望をぶつけてみればいいじゃろう?何がしたい?」
「俺は天使を呼んだつもりだったんだが…」
「天使も悪魔も本質は同じじゃ。ただ宿主からエネルギーを吸い上げ願いを叶える。お主は自分を犠牲にしてでも叶えたい望みはないのか?勿論死なぬ程度の望みを叶えれば一生楽しく暮らせるぞ?」
「…そういうのじゃないんだよなぁ…俺は幸せになりたいけど、幸せにしたい人がいるから天使に縋ったんだ。確かにどうしても叶えたい願いではあるのだけれど君に頼むのは違う気がする。申し訳ないがお帰り願おう」
…は?




