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幻獣召喚士  作者: 湖南 恵
黒龍野会戦
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十 意外な訪問者

 イド村の師匠の元を辞して、ユニがカイラ村に戻ってきたのは、ちょうど十二月に入ったころだった。


 リスト王国は大陸の中南部に位置しており、比較的温暖な地域だ。

 その中でも南部のカイラ村であるから、朝に霜が降るくらいで雪はまだ積もっていない。

 それでも木々は葉をすっかり落とし、空は青くとも、何とはなしに物寂しい雰囲気を漂わせていた。


 モラン村のオーク退治とその後の事情聴取の報酬で、依然としてユニの懐は暖かい。

 妖怪のようなセクハラ師匠の世話をしてきたばかりというのもあって、ユニはのんびりと過ごしていた。

 とはいえ、するべきことは山ほどある。


 ――夏ものの衣装を洗い、繕いものをしてから片付け、冬の衣装を出して虫干しをする。

 オオカミたちが狩ってきたウサギやキツネの毛皮をなめし、防寒着を縫う。

 各地で採集し乾燥させておいた薬草で薬を調合する。

 毛皮も薬も、余剰分は村の市で販売するのだが、これが馬鹿にならない収入になるのだ。


 その日は五日の市日だった。

 カイラ村では五日、十五日、二十五日と、五のつく日に市が立ち、近隣の村々からも買い物客がくる。


 市は買い物の場ではあるが、そこへ出かけること自体が娯楽の少ない辺境では一つの楽しみになっていたのだ。

 イネ村の薬師だったマリサからもらった配合表で、いくつかの薬を作るようになってから、ユニの薬はよく売れるようになってきた。


 カイラ村は親郷だけあって医者も薬師もいたが、市にやってくる近隣の村の人たちにとっては、ユニのような召喚士が作る薬の方が値段が安く、馴染みもあって歓迎されるのだ。


 今回はイド村で仕留めたクマの燻製肉も店に出したので、結構な売り上げがあった。


 市は早朝から十一時頃までと決まっている。

 昼近くになってユニも自分の出店を片付け、氷室亭で昼食を兼ねて一杯やろうとしていた。


 市の会場となっている村の中央広場を出ると、だいぶ先の方だが何やら人だかりが見える。

 何だろうと思って目を凝らしてみると、人々の頭上でキラリと銀色の光が輝くのが目に入った。


 ユニは「もしや」と思って足を速めた。

 人だかりに近づくにつれ、彼女の予感が的中していたことがはっきりとする。


 第四軍の野戦大隊長、ミスリル合金のプレートアーマーに身を包んだ女騎士――アスカだ。

 ユニは傍らのライガに飛び乗ると、あっという間に彼女の元へと駆けつけた。


 カイラ村の人たちは慣れているが、近隣の村人たちにとって、巨大なオオカミであるライガは驚きと恐怖の対象でしかない。

 アスカの周りに集まっていた群集がぱっと二つに割れ、ユニは難なくアスカの軍馬に並びかけることができた。


「アスカ! どうしたのよ珍しい」

 ユニの嬉しそうな問いかけに、アスカもまた笑顔で返す。

「おお、ユニか。探す手間が省けたな」

 二人は互いに拳を突き出し合い、挨拶をする。


 ライガの巨体にまたがるユニの頭は、人々の頭上よりもずっと高い位置にあったが、アスカはもっと飛び抜けている。

 アスカ自身、百九十を超える背丈なのに加えて、またがる軍馬がまた巨大であったからだ。


 辺境にはほとんど馬がいない。農耕に使われるのはもっぱら牛(水牛)だった。

 それでも軍の出張所がある親郷には、軍用の馬が何頭か飼われていたが、それは競走馬をルーツとする足の速い、スマートな種類だった。


 アスカの愛馬は重い荷物を運ぶことに特化した純粋の軍馬で、その巨体や脚の太さに人々は目を瞠っていた。

 そして、辺境にとって最も身近な古都である蒼城市で知らぬ者がいない鎧の女騎士、アスカである。

 人だかりができない方がどうかしているだろう。


 アスカはこうした騒ぎ――特に黄色い声を上げる女たちには慣れたもので、気にせずに馬を進める。


 とても馬とは思えないほど太い脚がドカドカと地面を踏みしめると、衝撃で地面が揺れ、固く踏みしめられた未舗装の道路に蹄の跡が深く刻まれた。

 そんな馬の往く手を遮ろうと試みる者がいるはずがない。

 人の波は自然と掻き分けられ、アスカは涼しい顔をして愛馬に揺られている。


「これから昼食だけど、つきあうでしょ?

 ちょうどよかったわ。あなたを連れて行こうと思ってた店があるのよ!」

 ユニはライガの胴をぽんと叩き、アスカの前に出て先導させる。

 行先はもちろん氷室亭である。


      *       *


「ごっごっごっごっごっごっごっごっごっごっ……」

 ユニの白い喉元が上下し、冷えたビールを豪快に飲み込んでいく。

「………プッハアァー!

 兄ちゃん、お代わり!」

 ユニは空になったビアマグを高く掲げて注文の声をあげた。


 ユニ行きつけの居酒屋「氷室亭」で、ユニはアスカと向かい合っていた。

「お前は本当に美味しそうに飲むのだな……」

 半ば感心し、半ば呆れたようなアスカの言葉が、ユニの心の瘡蓋を剥ぎ、チクリとした痛みが走る。


「しかし冷えたビールもいいが、この鶏料理は凄いな。ただ塩をして焼いているだけなのに、何なんだこの旨さは」

 そう言うアスカの前にはすでに空となった皿が二枚重ねられている。


 そこへ店員がユニのビールとともに、別の肉料理を運んできた。骨付き仔羊ラムの香草焼きである。

「ほう……」

 肉に目がないアスカの目がきらりと光る。

「いや、アスカ。鶏肉刺したフォーク持ったまま『ほう』もないもんだわ」


 まだじゅわじゅわと表面から音を立てているラムチョップを手づかみし、ユニが一足先にかぶりついた。

 切り口の中央部はまだ赤い色を残している。


 ほどよい焼き加減の仔羊から溢れ出す肉汁は、鶏のそれとはまったく違う旨味をもっている。

 ぷんと羊独特の癖をもった匂いが立ちのぼり、それを追いかけるようにタイムとローズの香りが爽やかさを加えてくれる。


 我慢できなくなったアスカは、手にした鶏肉をろくに噛まずに飲み込み、豪快にビールを飲み干した。

 そしてすかさず仔羊に手を伸ばす。

「うん、これはまた堪らんな……!」


 アスカは片手を上げた。

 纏った鎧の金属音が響き、店内を照らすランプの光を反射して、銀色の光がキラキラと輝いた。

 目立つことこの上ない。

 店員がすぐにすっ飛んでくるのはもちろん、店中の客の視線が集中する。


 アスカはビールと香草焼きを二皿追加した。

「ちょっと、お皿にラムは残ってるのに二皿って、アスカどんだけ食べるのよ」


「馬鹿を言うな。ユニだって食べるのに、こんなもんあと一皿で足りるわけないだろう。

 私は体が大きいから、これくらいでちょうどいいんだ。

 大体、ユニこそそのビールで六杯目じゃないか?

 よくその身体で入るもんだな」


 お互いが相手に呆れながら真昼の宴会が続いた。

 ほかの客たちは皆、昼食がてらに一杯嗜む程度だ。


「ユニが呑み助なのはいつもどおりだが、あの鎧の姉さんもすごいな……」

「ああ、見てるだけで胸焼けがしそうだぞ」

「あれで、蒼城市じゃ蒼龍帝のフロイア様に次ぐ人気なんだそうだ」

「そうか? 俺はあそこまでデカい女は……どうもなぁ」

「バーカ、知らねえのか。あの騎士様に夢中になってんのは、若い娘っこなんだとよ」

「何だそれ、もったいねえ……」


 店のあちこちからヒソヒソ声が聞こえてくるが、アスカはまったく気にしていない。

 半時ほど経って、ようやく二人が満足したころには、もう呆れ果てて誰も何も言わなくなっていた。


「――どう、フェイは元気?」

 ユニは食後のお茶を飲みながら訊ねた。


 さんざんビールを飲みまくっても、お茶はまた入る場所が違うらしい。

「ああ、元気すぎてエマさんが発作を起こしそうだよ」

 アスカが何かを思い出したように笑った。


「もうじき終業式だろ(王国では一月が新学期)。

 卒業生を送る劇を下級生がやるんだが、フェイもそれに出ることになったんだ」

「へぇー、すごいじゃない。何の劇?」


「私もよくは知らんが、救済教の宗教劇だそうだ。

 唯一神を産むことになる聖母に、賢者が祝いごとを述べるとか、そんな内容らしい。

 フェイは天使役の一人なんだが、その練習に熱を入れすぎて、今家はえらい騒ぎだ」

「あら、アスカは手伝ってあげないの?」


 アスカの頬がかすかに赤くなった。

「いや、真っ先に練習相手を命じられたんだがな……。

 私のセリフがあまりに棒読みすぎるとフェイに怒られて、すぐに馘になった。

 メイドたちは恥ずかしがって逃げ回るものだから、結局エマさんが相手役をすることになったんだが……」


「そりゃ気の毒に。真面目な人だもの、嫌がったでしょう?」

「最初はな……。

 それが段々嵌まってきたらしくて、今じゃもう、セリフは情感たっぷりだし、動きはオーバーだし……。

 フェイと二人して、どっぷり芝居の世界に浸っているんだ。

 もう、メイドたちは引きまくっているよ」


 謹厳実直を絵に描いたようなエマさん(五十四歳)が、踊りながらセリフを喋っている姿を想像し、ユニは「ここは笑っていい場面だろうか」と自問せざるをえなかった。

「……しかしなぁ」

 そこでアスカは、ほうっと溜め息をついて視線をそらした。


「あの子が劇で天使の役を演じているのを見たら、私は人目をはばからずに号泣しそうで怖いのだよ」

「あっ、ありえるわね。

 まぁ、ありたけのハンカチを持っていくしかないんじゃない?」

 ユニはひきつった笑いを浮かべた。

 彼女が実は涙もろいことを、今はもうユニも知っている。


「終業式は二十四日だ。

 だから、面倒事はすべてその前に終わらせてやる!」

 アスカはユニの顔を正面から見据えた。その瞳には、断固たる決意がみなぎっていた。


「やっと訪問の目的に入るってわけね」

 ユニはお茶を飲み込んで意識を集中させる。


「端的に言う。

 帝国に不穏な動きがある。場合によっては戦闘が起きてもおかしくない状況らしい。

 帝国が仕掛けるとすれば、雪が積もる前の今月前半だろう。

 その応援のため、私は自分の大隊を率いて黒城市に派遣されることになった。

 それで、ユニにも一緒に来てほしい」


 ユニは少しの間黙っていたが、やがて諦めたような表情で口を開いた。

「一応聞くけど、軍人でもない私に従軍を求める理由は?」


「この件は、ユニがノルド地方で捉えた捕虜の証言によって明らかとなったらしい。

 それによれば、私とユニは何かの鍵を握っているらしいのだ。

 それが何かは私も知らされていないが、私たち二人ということであれば、中之島のことが関係しているのではないかと私は思っている。


 ――国家が私を必要としているのなら、私は軍人としてその責務に従うつもりだ。

 ユニが軍人でないことは百も承知だが、友人として頼みたい。

 そなたの機転や幻獣たちの働きは、私がこの目で見てよく知っている。私を助けてはくれまいか」


「なるほどね……。

 大体わかったわ」

 ユニは目を瞑ったままうなずいた。


「アスカ、帝国の動きだとか、私たちが鍵だとか、私があなたの助けになるだとか……それ、全部アストリア副総長に吹き込まれたでしょ」

 アスカは驚いたように目を見開く。

「……そのとおりだが、なぜわかったのだ?」


      *       *


 汚い!

 アストリア先輩のやり方は汚すぎる!


 何も知らないアスカを利用するとは……。

 前回のモラン村の指名依頼といい、どんどん手口がいやらしくなってくる。

 やり場のない怒りがユニの心臓を絞めつけ、胸が苦しくなる。


 ユニを巻き込みたいのなら、いつものように出頭させて命令すれば済むのだ。

 それをしない――いや、できないというのは、命令するには忍びない内容だということだ。

 ユニとアスカが関係しているとなると、アスカが言うとおり中之島事件が関係しているに違いない。


 大方、帝国軍と対峙するハメとなったら、二人に恨みを抱いているマグス大佐が放つ、爆裂魔法の的になってもらうつもりなのだろう。


 攻撃範囲が広く、どこに向かって放たれるかわからないとういう敵の最大攻撃である。

 あらかじめどこが狙われるかがわかっていれば、被害は最小限に抑えて反撃を計画できる。

 的にされた不幸な騎士と召喚士には、尊い犠牲となってもらおう――。

 

 いかにも参謀本部が考えそうな作戦だ。

 ただ、直接その命令を伝える勇気は、さすがに彼らにもなかったようだ。

 純朴なアスカを操って、情に訴えてユニの協力を求めさせれば、二級召喚士の小娘はホイホイ付いてくるだろう。


「バーカ! あんたらの考えなんかお見通しよ」

 ユニは心の中で思いっきり舌を出した。


 いいだろう。あんたたちの思惑にのってやろうじゃないか。

 だけど、無駄死にするつもりなんかはさらさらない。


 アスカを利用したことも、後でキッチリ落とし前をつけてやる。

 真面目なアスカが、ここへ来るまでにどれだけ悩み、苦しんだか、あいつらはわかっているのか。


      *       *


 ユニが心の中でさんざん軍上層部を毒づいていたのを、アスカは知る由もない。

「いいわ、どうせ非常時だからって軍に命令されれば、召喚士は民間も何も関係ないんだもの。

 ただ、覚悟した方がいいわよ。

 そう命令しないで、あなたが私に会いにくるよう仕向けたってことは、相当やばい案件だってこと。


 ――それでも私はあなたに協力する。

 ……だって、二人でフェイの劇を見に行きたいもの。ね?」


 ユニはアスカと簡単な打ち合わせを済ませて立ち上がった。

 勘定をするため、すぐに店員がテーブルにやってくる。

 氷室亭はあまり安い店ではないが、それ以上に二人が飲み食いした量は凄まじかったので、結構な金額となった。

 ユニが懐から巾着を取り出すと、アスカも慌てて自分の分を出そうとする。


 ユニはふと思いついたように手を止め、アスカの手も押しとどめる。

 そして、受け取った勘定書きにすらすらとサインをすると、それを再び店員に渡した。


「これ軍の出張所に持って行って、参謀本部のアリストア副総長宛に請求してちょうだい。

 大丈夫、絶対払ってもらえるから。私が保証するわ」


 ――これくらいの嫌がらせは、アリストアも予想しているだろう。


 常連のユニにそう言われると、店としては引き受けざるをえない。

 もし軍に拒否されたら、ユニのつけにしておけばいいだけの話だ。


 アスカの方は、一体どういうことなのかわからず、目を白黒させていた。

 ユニは「だーいじょうぶ!」と笑ってその背中を叩く。


 「パーン!」という軽い金属音を残して、二級召喚士は店を出ていった。

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