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幻獣召喚士  作者: 湖南 恵
学院の七不思議
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十 召喚の間

 翌日、クラスは明らかにざわついていた。

 昨日の今日では仕方がないだろうが、幸いレベッカはすっかり元気を取り戻したようだった。


 彼女の周囲に女の子たちが集まり、何かひそひそと相談をしている。

 プリシラは席についたまま耳を押さえて何も聞くまいとしている。

 リデルも一人だが、こちらはぼんやりとして何か考えごとをしているようだった。

 男の子たちも集まって、どうやら〝探検〟の相談をしているらしい。


 こいつらには後で釘を刺しておかねば……。

 ユニはそう思いつつ、淡々と授業を進める。


 この日は午前中で担当時間が終わり、午後は手すきになる。

 ユニは魔導院から渡り廊下を進み、召喚の間に向かった。

 魔導院は王城に隣接しているが、召喚の間自体は王城内にあり、渡り廊下で直接行き来できるようになっていた。


 ここを訪れるのは十八歳の時、ライガを召喚して以来である。

 この召喚の間との続き部屋になっているのが審問官室で、審問官たちは通常ここに詰めている。


 魔導院の審問官は、簡単に言えば教官の上級職で管理職、なおかつ研究職である。

 魔導院の運営・管理に責任をもち、教官を兼任する者と召喚の研究に専念する者がいる。


 一番重要な仕事は、院生たちが召喚を行う儀式の立会と審判である。

 院生が召還した幻獣を判定して、その契約を承認し、召喚士を一級、二級のいずれかに判別する。

 稀な例ではあるが、召喚を認めずに儀式を中断させ、幻獣を帰還させる権限ももつ。


 ユニがノックをして入室すると、広い部屋の中は静謐という言葉そのもの雰囲気が漂っている。

 積み上げられた書物と書類。それらに埋もれたようになってペンを走らせる老人たち。

 扉に近い席にいたまだ初老の審問官が、うさん臭そうな視線を闖入者に向ける。


 たちまちにその目が見開かれ、審問官は立ち上がって駆け寄ってくる。

「おお、おお、ユニではないか!

 久しぶりだな。元気そうではないか」


 その審問官は、ユニがまだ院生だったころは幻獣の分類学を教える教官だった。

 審問官の「ユニ」という言葉に反応して、わらわらと老人たちが集まってくる。

 見知った顔もいるが、大半は会ったこともない人たちだった。


「聞いておるぞ、クロウラの帰還作戦に一枚噛んでいたそうではないか」

「エンシェント・ジャイアント、あの始まりの三兄弟に会ったというのは本当なのか?」

「アルケミスが怪しげな術を使ったと言うが、どんなものだったのだ。頼む、教えてくれ!」


 審問官たちは召還の技術と記録の研究に一生を捧げる者たちである。

 当然、今回のクロウラの出現を目の当たりにして騒然となった。


 一万のオークを召喚したばかりか、四神獣でも倒せないほどの怪物を呼び出した技術、しかもそれら怪物どもを転移させる技術。

 すべてが彼らの常識を凌駕する驚くべき事実だった。


 審問官たちは色めきたった。これで王国の召喚技術は百年は先に進むだろう。

 彼らはまだ戦後処理でてんてこまいだった参謀本部に押しかけ、責任者たるアリストア副総長に詰め寄った。


「教えろ!」

「教えろ!」

「教えろ!」


 彼らはすべてを知りたがった。

 今すぐに知りたかった。

 知ることができるなら、悪魔に魂を売り渡してもよいとまで口走る者さえいた。


 しかし、彼らは拷問かと思える程に待たされることとなった。

 すべてを知るユニたちが帰還すると、参謀本部は彼らを軟禁して長期間の尋問を続けた。


 各人の尋問結果を摺合せ、分析し、もっとも合理的な結論を導き出すには数か月を要したのだ。


 暫定的なものではあるが、参謀本部が一応の報告書を軍の上層部に提出した後、待ちかねて発狂しそうになっていた審問官が集められ、今回の事件についての説明が行われた。

 しかし、それは審問官たちが期待していたようなものではなかった。


 確かに事件の概要は知ることができた。本来は軍機として秘匿されるような事項も、研究のためという名目で審問官には開示された。

 ただ、その情報では事態の再現が不可能だった。


 具体的にどのような魔法陣が描かれ、どのような呪文が唱えられ、どれだけの生贄が必要だったのか、審問官が知りたいことはそれらの点だった。

 しかし肝心なところは〝未知の知識〟により行われ、その詳細は不明と説明されたのだ。


 審問官たちは必死に食い下がったが、参謀本部の回答は木で鼻をくくったようなものだった。

 彼らの不満は破裂しそうなほどに膨らんだが、どうにもならなかった。


 審問官たちは与えられた情報をこねくりまわし、想像を逞しくしてあれこれ推論を述べ合うという空しい日々を過ごしていたのだ。


 そこへ当事者であるユニが魔導院の講師として招かれるという情報が入り、審問官たちは大騒ぎとなった。

 猛獣の群れにウサギを放り込んだようなものである。


 しかし、参謀本部は甘くない。

 軍は審問官たちに対し、ユニが魔導院に所属する間、今回の事件に関する情報を得る目的でユニに近づくことを厳禁としたのだ。


 あくまでユニは院生のレベル向上のために招かれたのであって、それを妨げるような余計な雑事を持ち込むな、というのが名目であった。

 教官を兼任する審問官は、教官室でユニと話すことはできたが、守秘義務があるためほかの一般教官の前で軍機に触れるような話はできない。


 研究職の審問官に至っては、ユニに会うために渡り廊下の向こう側に行くことすらできないのだ。

 彼らは目の前に餌をぶらさげられた犬のように、涎を垂らしているほかなかった。


 それがユニの方から審問官室にやってきてくれた。

 こちらから近づいてはいけないとは言われたが、向こうからやってきたのを拒めとは言われていない。

 飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ。


 ユニは群がる老人たちを押しのけ、やっとのことで口を挟んだ。

「例え審問官の皆さまへでも、その件は軍から口外を禁止されております!」

 審問官たちは水をかけられた犬のように、一瞬でしゅんとなった。


「でも……」

 ユニはにっこりと微笑む。

「でもまぁ、そこはほら、茶飲み話で少しくらい口を滑らせたって、誰にもわかりませんよね?」


 老人たちの目に光が蘇り、「おおお~」という歓声が洩れる。

「実はちょっと教えてほしいことがありまして伺ったんですが……よろしいですか?」

「おお、何でも聞きなさい。わしらでわかることなら教えてやろうではないか」


 交渉成立である。

 ユニは手近な椅子を引き寄せて座った。周囲には審問官が輪になって取り囲んでいる。


「魔導院の召喚の間は、特殊な力場だと私は習いました」

「うむ、いかにも」

 一人の審問官が重々しくうなずく。


「召喚は時間と空間の歪みを生み出すもの。

 召喚を繰り返せば、本来なら歪みが蓄積して暴走を起こすはずです。

 それなのにこの召喚の間が安定しているのは、発生した歪みが蓄積されず……。


 ――えー、何だったかな?

 そう、歪みをどこかへ転移させてしまうという特殊な性質を持っているからですね?」


 先ほどの審問官が少し表情を険しくして答える。

「そのとおりだ。

 だが、それは魔導院では教えていないはずだぞ?

 ……アルケミスから聞いたのか?」


「それには答えられません――と言えば想像がつきますか?」

 審問官はにやりと笑って「それで?」と先を促す。


「これは誰かに聞いたわけではありません。

 私が勝手に想像しているだけなんですが……。


 ――歪みを蓄積しないという特性を持ってはいても程度問題で、ある程度は溜まるのではないでしょうか。

 〝穴〟は溜め込んだ歪みのエネルギーを、異世界と現世を繋げ、その世界の生き物たちを引っ張り込むことで消費しています。

 だったらこの召喚の間で、その頻度や規模は小さくとも、同じことが起きる可能性はあるのではないでしょうか」


「少し回りくどいな。

 具体的に何が知りたい」

 そう言ったのは、アリストアの執務室で会ったヤナセ審問官だった。

「はい。

 この召喚の間に〝はぐれ〟が迷い出てくることがあるかということです」


 審問官たちはざわついた。互いに顔を見合わせ、誰かが答えてくれることを期待しているようだった。

 結局、ヤナセ審問官が仕方がないといった格好で口を開く。


「これは特別機密という扱いではないのだがね。

 学院の生徒たちには知らせないことにしているのだ。

 あまり気持ちの良い話ではないのでね」


 だから君も院生には内緒にしてくれ、というわけだ。

 ユニは了解したというようにうなずく。


「確かに君の言うとおり、この召喚の間でも〝はぐれ〟が現れることがある。

 まぁ、数年に一度だから、ごく珍しい現象だな。


 ――それに〝穴〟と違ってオークのような大物は出てこない。

 もっと霊格の低いものが多いな。

 せいぜいがコボルトクラスだよ。


 ――それでも放置はできないからね。

 私たち審問官の詰め所が召喚の間に付随しているのは、そうした〝はぐれ〟の出現を監視するためでもある」


「その〝はぐれ〟はどうなります?」

「殺害するのが決まりだ」

 審問官はあっさりと答えた。


「あなた方が?」

「まさか。

 軍に連絡して国家召喚士に始末してもらうのだよ。

 まぁ出てくるのは非力な妖精族がほとんどだから、一般兵士でも構わないのだが、そういう決まりとなっておる」


「〝はぐれ〟の出現はどうやって知るのですか?」

「目視だよ」


「……は?」

「二十四時間体制で見張っておるのだよ。交替でな。

 何か魔法的な警報装置でもあると思ったかね?」


 ユニは審問官たちにエンシェント・ジャイアント、その始祖たる始まりの三兄弟との会話などを話してきかせ、彼らの間にちょっとした恐慌を巻き起こした。


 実を言うと魔導院に来る前に、アリストアから釘をさされていた。

 あの老人たちは何とかしてユニから話を聞き出そうとするだろう。

 ある程度は話してやって構わない。


 ただし、アルケミスが堕天使から膨大な知識を得ていたこと、彼が精神を堕天使に支配され、最終的には同化してしまったことだけは、絶対に洩らしてはならない。

 それを知ったら、いずれ審問官のうちから第二のアルケミスが現れかねない。

 ――そう言われていたのだ。


 審問官室を辞して、再び渡り廊下を戻っていく途中、考え込みながらユニは何事かつぶやいていた。


「裏は取れたけど……。

 さて、どう始末をつけたらいいのかしら……」

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