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幻獣召喚士  作者: 湖南 恵
学院の七不思議
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七 夜の面談

 翌日はレベッカとアイラが二人で訪ねてきた。

 レベッカは赤毛の活発な少女、アイラは〝いかにも〟といった美少女だった。

 長い黒髪をまっすぐたらし、おだやかで優しそうな表情をしている。

 二人は同室ということだった。


 彼女たちの話はとりとめのない雑談に過ぎなかった。

 レベッカはユニのファッションについて何でも知りたがったが、正直に言ってエディスのメイドの着せ替え人形に過ぎないユニとしては答えるのに四苦八苦だった。


 アイラは辺境の珍しい風俗や食べ物について知りたがった。

 風俗はともかく、食べ物については得意分野だと、ユニが勢い込んで自分の気に入っている店の名物を紹介していると、アイラがもじもじし始めた。


「……あの、ユニ先生。

 ごめんなさい、そういうのじゃなくって……。

 あたし甘いお菓子とかが、その……知りたかったんですけど」



「しまったぁ~っ!」

 ユニは心の中で激しく後悔した。彼女が熱くその魅力を語っていたのは、ほとんどが酒の肴だったのだ。


      *       *


 多少の行き違いはあったが、少女たちはユニとお喋りすること自体が目的だったらしく、楽しいひと時を過ごしたようだった。

 ユニはふと思いついて聞いてみた。


「あなたたち同室だって言ったけど、二人部屋よね。

 女子は五人いるから、誰かが一人部屋になってるの?」

「ああ、リデルがそうです。

 あとはプリシラとミムラが二人部屋ですね」


「一人だけ個室っていうのもかわいそうな気がするわね」

「心配ないと思いますよ。

 リデルは昔から一人で本を読んでることが多かったから、かえって喜んでいるんじゃないかしら」


 レベッカはあっけらかんとして答えると、アイラに話を振る。

「アイラだって一人部屋がよかったんじゃないの?

 あなたも読書好きでしょ。

 あたしってば、おしゃべりばっかりしているから、この子、本が読めなくて困っているの」


 レベッカがけらけら笑っていると、アイラは困ったような顔になる。

「あたし一人部屋なんで嫌だわ。

 だって、お化けが出そうで怖いもの……」

 レベッカが「ぶっ!」と飲みかけの紅茶を吹きだしてむせる。

「ちょっとぉ、汚いわよ!」


 慌ててアイラがテーブルを自分のハンカチで拭いてあげる。

 結構このコンビは相性がいいのかもしれない。

 けほけほとむせていたレベッカは、笑いが止まらない様子でやっと声を絞り出した。


「お化けって……あんたいくつになったのよ。

 標本室の怪人が襲ってくるとでも言うの?」

 その言葉はユニの記憶をぴんとはじいた。


「それって学院の七不思議?」

「そうです。……あ、ユニ先生のころにもあったんですね」

 ユニはうなずいた。

「ええ、音楽室のひとりでに鳴るピアノとか、女子トイレの五番目の扉とか……懐かしいわぁ」


「それなんですけど!」

 突然アイラが、がばっと身を乗り出してきたのでユニはびっくりした。

「最近もう一つ不思議が増えたの、ご存知ですか?」

「え、いや……知らないけど」


 アイラの目がらんらんと輝いている。お化けが怖いという割に、よほどこの手の話が好きらしい。

「〝笑う人魂〟っていうんです。

 しかも、プリシラが実際に見たんですって!」


「ちょ、ちょっと! アイラ!」

 慌てて押しとどめるレベッカの声に、アイラは明らかに「しまった!」という顔をした。


「あの、ごめんなさい。

 あたしったら変なこと言って。

 もうおいとましますわね」

「ユニ先生、今日はありがとうございました」


 二人はそう言うと、そそくさとユニの部屋を出ていった。

 「言ってはいけないことを言ってしまった」

 まるでテーブルの上にそう大きく書き残していったようだった。


      *       *


 翌日、ユニは教官室で自分のかつての恩師でもあるマレックという教官に、自分が受け持っているクラスのプリシラという娘に、最近何か変わったことがなかったか尋ねた。


 彼は話してよいものか、少しためらったようだったが、やがて事のあらましを教えてくれた。


 年末の深夜にプリシラの悲鳴が聞こえ、宿直の先生がかけつけたところ、気絶して廊下に倒れていたこと。

 すぐに保健室に運び、嘱託医を呼び出して診察させたが身体に異常はなかったこと。


 本人は当初〝笑う人魂〟を見たと主張したが、寝ぼけて窓ガラスに映ったランプの光を見間違えたのだろうというのが大方の意見だったこと。

 最終的にはプリシラ自身もその見方に納得したこと。

 ただ、その後彼女に元気がなく、教官たちも心配していること、等々であった。


「君も気をつけて見てやってくれ。

 何かと不安定な年頃だからね。

 まぁ、若いから時間が経てば元気になるとは思うが……」


 ユニは気になっていることを聞いてみた。

「彼女が倒れているところをほかの生徒たちは見ているのですか?」

「いや、すぐに保健室に連れていったし、集まってきた生徒たちは現場に近づけさせなかったからね」


「生徒たちには何と説明したのですか?」

「貧血で倒れただけで、身体に別状ない――それしか言っておらんよ。

 ……プリシラもこの件については口をつぐんでいるようだな」


「現場に近づけさせなかったかったというのは、そこに何か生徒に見せたくないものがあったということですか?」


 マレックは少し驚いたようだった。

「ふむ、君は辺境でずいぶん活躍しているとは聞いていたが、なるほど人は成長するものだな。

 院生のころはずいぶんと危なっかしい生徒だったが……。


 ――プリシラは気絶した時に失禁しておった。

 宿直の教官はその場の後始末より、プリシラの介護を優先せざるを得なかったからね。

 もちろん遅れて駆けつけたほかの先生が用務員を呼んで掃除をさせたが、それが済むまでは生徒たちを近づかせなかったのだよ。


 ――生理現象だから恥じることはないのだが、女性にとっては知られたくないことだろうからね。

 当然、事情を知っている教官や職員には箝口令かんこうれいをしいている」


「なるほど、そういうわけでしたか……」

 そう言ったきり、ユニは考え込んでいる。


 アイラは確かに〝笑う人魂〟と言った。

 ということは、プリシラが口をつぐんでいるのに、すでに生徒たち――女生徒たちはこの事件の一端を知っているということだ。

 プリシラの粗相のことまで洩れているかはわからないが……。

 少しやっかいな事件かもしれない。


      *       *


 ミムラという女生徒が訪ねてきたのは、五日目のことだった。

 彼女はプリシラと同室ということであったが、一人でユニの部屋を訪れた。


 ミムラは少しふっくらとした体形で、いかにもおだやかで優しそうな風貌をしていた。

 その柔らかそうな表情が曇っている。何か思い悩むことがあるようだった。


「どうしたの?

 何か相談事かしら……」

 彼女はもじもじとしてなかなか話し出そうとしない。


「……ひょっとして、プリシラのこと?」

 ミムラは「はっ」としたように顔をあげやっと決心したように話し始めた。


「私、どうしていいかわからなくて……。

 実は去年の暮れのことなんですけど、プリシラが夜中に廊下で倒れたことがあったんです。

 それから彼女の元気がなくなって……元気づけてあげたいんですけど、どうしたらいいのか……」


「その、彼女が倒れたという話、もう少し詳しく教えてくれる?」

 ミムラは素直に話し始めた。


「――はい。

 夜中の二時ころだったと思います。多分プリシラはトイレに行ったんだと思うんです。

 私は眠っていて、彼女が起きたのに全然気づきませんでした。

 それで、彼女の悲鳴で目が覚めました。最初はプリシラがいないこともわからなかったんですけど、彼女に声をかけても返事がなくて、いないことに気づいたんです。


 ――慌てて部屋を出たら、ほかの子たちも廊下に出てきて不安そうにしていました。

 それでみんなと一緒にトイレの方に行ってみたら、曲がり角の前で用務員さんが入っちゃだめだって言うんです。

 プリシラは宿直の教官が連れていってお医者さんを呼んでいるところだから、部屋に戻りなさいって言われました」


「それで?」

「次の日になってプリシラは戻ってきました。

 先生が付き添っていて、貧血で倒れただけだから心配ない。悲鳴をあげたのは、寝ぼけて灯りの影に驚いただけだって。

 プリシラもそのとおりだって言うから安心したんですけど……。


 ――なんだか彼女はそのことに触れてほしくないみたいで、何も話さないんです。

 それにずっとふさぎ込むようになって、元気もなくなって。

 みんな心配してたけど、しばらくそっとしておこうってことになりました」


 そこでミムラは少しためらった。

「……それから三日後のことなんですけど、朝教室に行ったらみんなが騒いでいました。

 どうしたの?って聞いたら、その日は日直当番のリデルが教室の鍵を開けたんですけど、黒板に『プリシラは笑う人魂を見た』って書いてあったそうなんです」


「そうなんですって、あなたはその落書きを見ていないの?」

「リデルがいたずらだと思ってすぐに消しちゃったそうです。

 みんなで何のことだろうって騒いでいたら、そこにプリシラが来たんです。

 それでレベッカが彼女に『ねえ、あなた〝笑う人魂〟って知ってる?』って聞いたら、突然プリシラがしゃがみ込んで泣き出して、もうヒステリーを起こしたみたいになって……。


 ――それにアイラがお化けの話とかが大好きで、すごく興奮しちゃって、その後も何度もプリシラから事件のことを聞き出そうとするんですよ。

 みんなで必死で止めてるんですけど、それでプリシラがますます心を閉ざしちゃったんです」


「そっかぁ……。それは時間が解決してくれるとしか言いようがないわね」

 ユニは当たり障りのない意見を出した。


「その笑う人魂って、別にほかの誰かが見たわけじゃないんでしょ?

 プリシラは一度すごく怖い思いをしたから、過敏に反応しているだけだと思うわ。

 なるべくその話題には触れないようにして、普段どおりに接していれば、きっとまた明るくなるんじゃないかしら」

「私たちもそう思っているんですけど……」


 ミムラはその後、しばらくとりとめのない話をして帰っていった。

 どうやら粗相のことは洩れていないようだ。でも、人魂の話はどこから洩れたのだろう。


 プリシラにしてみれば、秘密にしていたはずの話が同級生に知られてしまったことになる。

 次に自分の粗相のことが知られるのではないか……。


 若い娘にしてみれば、お化けよりもそっちの方が恐怖だろう。

 どう見ても黒板に人魂のことが書かれたのは、悪意の介在が認められる。


 最初に落書きを発見したリデルという子は、確かプリシラたちのグループから仲間はずれにされていたという話だった。

 その復讐だとすれば辻褄が合うが、そもそも彼女はそれをどうやって知ったんだろう?


 謎は深まるばかりで、解決の糸口が掴めぬままユニは眠りについた。

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