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幻獣召喚士  作者: 湖南 恵
学院の七不思議
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五 事前審査

 王立魔導院は召喚士の養成機関である。

 国民は一歳になると召喚士の素質を測る儀式(検査)を受けることを義務づけられており、素質ありと認められた子どもは、六歳になると強制的に全寮制の魔導院へ入学させられる。


 そして十八歳で卒業するまでの十二年間、一度の里帰りも許されず、両親や親類縁者との面会も許可されない。

 週に一度、社会見学の課程で街や郊外へ外出する機会はあるが、厳しい監視がつくため親族との接触は絶望的だった。


 一般には単に「院」とか「学院」と呼ばれることが多く、国民は院生たちが恵まれたエリートだと思っていた。

 当の院生がそれを知ったら、苦笑するしかなかっただろう。


 魔導院のカリキュラムは、一般教養、召喚知識、実技の大きく三分野に分かれる。

 ユニが講師として担当するのは、このうち後者の二分野となる。

 学院の新学期は新年四日からで、これは一般の学校と変わらない。


 一月四日の朝、ユニは教官室の与えられた机で淹れてもらった紅茶を飲みながら、つい先ほど寄ってきた参謀本部のことを思い返していた。


 魔導院は城外の独立した建物だが、城とはごく近い。

 ユニは勤務初日の出勤前に、参謀本部に出頭することを求められていた。

 彼女の学院勤務と軍とは直接関係ないのだが、

「エディスを信用しないと言うわけではありませんが、なにせあのユニのことです。

 私が自分の目で見ないことには安心できません」

という、アリストアのありがたい思し召しで否も応もなかったのだ。


 すっかり行き慣れたアリストアの執務室に到着すると、ユニはノックをして控室に入る。

 銀縁の眼鏡をかけ、秘書用の机で書類を整理していたロゼッタは顔をあげ、ぱあっという花のような笑顔を見せた。


「あらあらあら、まぁまぁ!

 ユニさん、見違えるようだわ。

 お似合いになってますわね!」

 そう叫ぶと、いそいそと続きの執務室に通じる扉をノックし、上司にユニの到着を伝える。


 彼女の招きに応じて中に入ると、いつもなら控室に戻るはずのロゼッタが、なぜかユニをエスコートするように側についた。

「アリストア様、ご覧になって。

 とっても素敵じゃございませんか」

 ロゼッタの顔は自慢げである。


 確かに普段のユニの格好を知る者からすれば、別人と思えるような出で立ちであった。

 浅黄色のスーツに膝下までのタイトスカートは、装飾の少ない落ち着いたものだったが、仕立てや生地が上質のものであることは一目瞭然であった。

 控えめなレースをあしらった白いブラウスを合わせ、スーツの胸元には銀線細工のブローチをつけている。


 普段はゆるい三つ編みにしている髪にはきちんと櫛が入れられ、シニヨンでまとめている。

 薄い化粧は目鼻立ちの整ったユニの美しさを十分に引き出していた。

 どこから見ても完璧な女教師の姿だった。

 さすがのアリストアも「ぐぬぬ……」と唸ったままである。


 もちろんユニ一人でここまでできるはずはない。

 年末のうちに学院の寄宿舎に入ったユニに、エディスは一人のメイドを派遣した。

 まだ三十歳前のおだやかな顔をしたアーデルというメイドで、通いでユニの世話をすることになっていた。


 彼女の役目は、毎朝ユニを起こし、服の選択、着付け、身だしなみのチェックをすることだった。

 ユニが出勤した後は、洗濯物をボルゾフ家に持ち帰り、翌日別の服を持ってくるのである。


 寄宿舎で宛がわれた部屋には、すべての衣装を置くことができないので、半分以上がエディスの別邸に保管されていた。

 それだけなら、大変ありがたい存在なのだが、アーデルの検査に合格しない時は、恐ろしい結末が待ち構えているので、ユニとしては生きた心地がなかった。


 万が一にも、ユニの身体が不潔――具体的に言うとオオカミ臭かったら、容赦なくボルゾフ家からお風呂メイド隊を呼び寄せ連行すると言い渡されていたからである。


 話を元に戻そう。

 気を取り直したアリストアは「こほん」と咳払いをして感想を述べた。

「よろしいでしょう。

 これならば学院の女生徒にあなどられることはないでしょう。

 今度エディスに会ったら礼を言わなくてはなりませんね。

 ユニ、初日だというのに時間を取らせたことは謝ります。

 今後もその調子で頑張るように……」


 この間、ユニはにこにこと笑顔を浮かべるばかりで、無言であった。

 アリストアに「行ってよろしい」と言われ、優雅にお辞儀をしながら初めて口を開いた。


「それでは、ごきげんよう」

 皮肉たっぷりの言葉に、アリストアは憮然とした表情で山と積まれた書類をすごい勢いで片付けはじめた。


 控室に引っ込むと、ロゼッタがくすくすとおかしそうに笑い、ユニをたしなめる。

「ユニさん、私の上司をあまりいじめないでね」

 ユニはにやりと笑う。

「だって、あの人、絶対『どうやって難癖つけようか』って楽しみにしていた顔でしたよ。

 まぁ、溜飲が下がりましたから許してさし上げますけど」


 ロゼッタが笑いながら、ついとユニに体を近づける。

 形のよい鼻をユニの首筋に触れそうなほど近づけると、「ほう」と溜め息をもらした。


「香水も素敵だわ。

 あなたの匂いとよく調和して、とてもいい香りになっている……。

 エディスさんは、よほど腕のよい調香師をお抱えのようね」

 ユニにはその褒め言葉が聞こえていなかった。

 いきなり女性――それもロゼッタのような美人に密着され、一瞬でいまわしい記憶――お風呂メイド隊のことが蘇ったからだった。


 ロゼッタは目をぱちくりさせて驚いた。

「あらあら、どうしたのかしら。

 ユニさん耳まで真っ赤っかよ。お風邪かしら?」

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