インターミッション
そこは、どこかの大聖堂のような雰囲気を漂わせていた。
釣鐘状の天井があきれるほど高く、広い部屋は薄暗く、どういう仕組みなのか、岩壁が青い燐光でぼうっと光っている。
その壁の前、石の祭壇と思しき一段高くなったところで、一人の老人が椅子に座っている。
部屋の中には二十人余りの人々が膝立ちになり、手を組んで頭を垂れている。無心に祈りをささげているようだった。
低く、長く、ささやくような祈りの言葉が終わると、老人は閉じていた目を見開き、腕をあげて後方の壁を指さした。
たちまち部屋は静寂に包まれ、人々は老人の言葉を待ち構える。
「ついに……」
老人のしわがれた声が響く。
「ついに大いなる使者を迎える準備がととのった」
「見よ、この魔法陣を!」
老人が指し示した壁には、三つの巨大な魔法陣が描かれ、壁よりも少し強い燐光を放っている。
一つの直径は五メートルほど、魔法陣の中は、線と文字と記号がごちゃ混ぜになっているようで、何が描かれているのかまったくわからない。
「この三重になった三つの魔法陣を完成させるのに、十余年の歳月を費やしてきた。
それまでにわれわれは多くの仲間を失ってきた。
――彼ら殉教者の魂に安らぎのあらんことを……」
老人に倣って、全員が目を閉じて黙祷を捧げる。
「今宵、われわれは大いなる力を手にするであろう。
腐敗した王国を討ち倒し、真なる教えを広めて民衆を開放する日が来たのだ!
そのために、今一度お前たちの力を貸してほしい」
そう言うと、老人は椅子から立ち上がり、一同に背を向け壁に向かい、異国のものらしい言葉で呪文を詠唱しはじめる。
残りの者たちは、先ほどと同じように手を組み、彼らの言葉で祈りを捧げ続ける。
長い詠唱が終わると同時に、魔法陣に変化が現れた。
蜃気楼のように周囲の空気がゆらゆらと揺れ、やがて見上げるほどの大きさの影が形を成し始めた。
「おおおおおおー」
声にならないどよめきが起こり、感激のあまり涙を流している者も少なくなかった。
彼らの捧げる祈り、情熱、信仰心が、頭の中から吸い取られるような、恍惚とした感覚に包まれたからだった。
『祈りは聞き届けられた!』
『われらを追放した王国に思い知らせてやる!』
感激にかられた思いも、同じように頭上に吸い取られていくようだった。
……いや、それは気のせいではなかった。
やがて彼らは気づいた。
頭の中ばかりか、身体中に上から手を突っ込まれて、中身をずるずると引きずり出されるような感覚。
それが現実に起こっていることだと。
「成功したか……」
はるか頭上を見上げ、結果に満足そうにうなずいた老人は、ゆっくりと振り返る。
部屋の中では、苦悶の表情を浮かべたまま息絶えた人々が床に転がっていた。
「……済まなんだなぁ。
おぬしらは殉教者として神の御許へいけるじゃろう。
わしは、おぬしらとは一緒に行けん。
許せとは言わん。わしは己れの信じる道を行くしかないのじゃ」
だが、そのかすれた声に応える者は誰もいない。
老人はゆっくりと石段を下り、立てかけてあった杖を手に取ると、部屋を横切り巨大な扉の前で立ち止まる。
手を触れてもいないのに、扉は音もなく開き、明るい光に包まれた廊下が現れた。
老人は廊下の奥へと進む。
その背後に、扉の外で待っていたらしい一人の僧侶が影のようにつき従う。
「とうとうおぬしだけになってしまったのう。
おぬしには辛い役目を押しつけることとなった。
……わしを恨むか?」
僧侶は目を伏せて静かな声で答える。
「決してそのような……。
いずれ私にも殉教の喜びが与えられる機会がくると信じております」
老人は黙ったまま軽くうなずき、僧侶に指示を伝えた。
「オークどもを使って皆を埋葬させよ。丁重にな」
僧侶をその場に残すと、老人は杖をつきながら再び歩き始める。
一人、とぼとぼと歩む背中は、ひどく頼りなげであった。