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幻獣召喚士  作者: 湖南 恵
魔人の逆襲
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六 眷属誕生

 赤城市の南方に三キロほど離れた草原に、小さな沼がある。

 赤城市に入城しない隊商がテントを建てキャンプをする場所としてよく知られ、長い時にはキャラバンが一か月近く滞在することもある。

 そのため、もう三週間ほど動きのないテントが五、六張りあることを、気にする者はいなかった。


 だが、よく観察すればちょっとした違和感を覚えたはずである。

 テントの周囲にラクダがわずかしかいないということだ。


 そのテントの中で、ひときわ大きく豪奢な一張りの中では、前日の戦果が報告されていた。

「派遣した三十のしもべのうち、餌を連れ帰ったのが二十一人、その場で喰ってしまったのが七人、未帰還が二人です」

 淡々として報告を読み上げるのは、南方諸国の白い民族衣装を纏った背の高い男だ。


「相変わらず歩留まりが悪いな」

 テントの中央に敷かれた赤く分厚い絨毯、そのさらに真ん中に置かれた高価そうな長椅子ソファに、しどけない格好で横たわる妙齢の女性が感想を漏らした。


 白いゆったりとした薄絹の衣装から透ける肌は、鮮やかなターコイズ・ブルーだ。

 張りのある大きな臀部から伸びる脚は長く、太腿は逞しいがたるんだ感じはない。

 引き締まってくびれた腹部、重そうに潰れた大きな乳房、目を凝らせば全てが見て取れるが、女はそれに羞恥を感じていないようだった。


「はっ、どうしても現場で餌に抵抗されると興奮して我を忘れる者どもが出てしまいます。

 この程度のロスは諦めるしかないと愚考いたします」

 背の高い痩せた男は。髭に囲まれた口を開いて弁明するが、表情には謝罪めいた色が見えない。


「それで、その未帰還二名というのは何じゃ?」

「はい、どうも赤城の第三軍が雇った召喚士――より正確に言えば、その者が引き連れる幻獣のオオカミの仕業のようです。

 すでに反応はロストしておりますので、倒されたものかと思います」


「オオカミ……?」

 女は、目を閉じて、何かを思い出そうと眉根を寄せる。

 美しい顔が歪み、顔に年齢相応の〝老い〟がほんの一瞬現れた。


「ああ、思い出した。

 確か先日の〝でくの坊〟の周りにタバコを撒いたあれだな。

 ふん、赤龍の娘は姑息な手を使うわな」

 女は軽く鼻を鳴らし、それきりその件は無視することに決めたようだった。


「それで?

 昨夜も四人ほど吸ったぞ。次の眷属けんぞくを生み出すにはもう十分じゃ。

 ジアー、よい候補はいるのか?」

 女の問いに、ジアーと呼ばれた背の高い男は深々と頭を下げる。


「現在生かしている餌は五人でございます。

 うち一人は女。残る四人の男のうち、若く活きのよさそうなのが二人おります。

 いずれの見た目もなかなかの上物、さぞやナイラ様のお気に召すかと……」


 男は下げた頭を上げながら、横目でちらりと控えている仲間に合図を送った。

『例の若者二人を連れてこい』

と、無言のうちに意志を伝えたのだ。


 それを感じ取ったように、ナイラと呼ばれた女は片手を上げる。

「よい。

 女が一人いるのだな?

 今回はそれにしよう。

 あまり自分の趣味で男ばかりを揃えるのも芸がないだろう」


 そこで彼女は何かを思い出したように含み笑いをする。

「大体、貴様らとて、元私の部下だったというだけで選ばれたのだ。

 ジアー、お前などは私の好みからは程遠いのだぞ」


「御意……」

 ジアーは慌てて再度頭を下げた。

 彼は自分の女主人が、若くしなやかな身体を持った美しい男を好んで眷属に選ぶことを知っている。

 そうして眷属に加えた若者たちに、しばしばとぎを命じていることもだ。


 彼がナイラの初めての眷属として選ばれ、こうして側近の第一に取り立てられたのは全くの幸運に過ぎない。

 サキュラに捕らえられていた元部下の中からしか選ぶことができなかった当初は、顔の美醜などという贅沢は言っていられなかったのだ。


「女には女の使い道というのがある。

 その女は美人か?」

「は? ……はぁ、そう醜くはありませんかな。

 無論、ナイラ様には遠く及びませんが」


 ナイラは苦笑する。

「世辞はよい。

 ではその女を連れてまいれ」


 ジアーは黙って頭を下げながら、先ほどと同じように控えている男に視線を送る。

 やはり南方民族の白い衣装を着た男が軽くうなずいてテントを出て行った。

 さほど待つこともなく男は戻ってくる。

 猿轡さるぐつわを咬ませ、腕を縛られた女を小脇に抱えている。


 男はナイラの前まで進むと女を下ろして立たせた。

 彼は後ろ手に縛ったロープの先を短く持って、女が逃げ出さないように後ろで控えている。


 ナイラは長椅子から身を起こし、女の前に立った。

 囚われの女より、軽く頭一つは背が高く、筋肉のついた肩幅もはるかに大きい。

 ナイラは女の猿轡に、爪の尖った人差し指を差し込んだ。

 それだけで、さらしの猿轡はぷつりと千切れた。


 口が自由になると女の荒い呼吸の音がテント内に響いたが、恐怖のためか悲鳴ひとつ出せないでいる。

 ナイラは指を彼女の顎に当て、少し上を向かせる。

 自分の首のあたりまでしかない女の顔をよく見るためだ。


 ガチガチと歯を鳴らして震え、目に涙を溜めているが、なるほど年齢も若く、そこそこに愛らしい顔立ちである。

「ふむ……」

 ナイラは女の顎から指を離し、今度は彼女が身に着けている丈の長いワンピースの寝間着に指をかける。

 恐らく就寝中に襲われて拉致された、そのままの恰好かっこうなのだろう。


 猿轡同様、ナイラが指をかけて軽く引っ張るだけで、寝間着は鼻紙のようにあっさりと破れて床に落ちた。

 ナイラの大きな胸には及ばないが、ゆったりとした形のよい白い乳房がむき出しとなる。

 女は身をよじって胸を隠そうとするが、後ろ手に縛られていてはどうにもならない。


 ナイラはしばらく女の身体を楽しむようにまさぐった。

 吸血鬼に好きにされている間、女は「ひっ!」という小さな悲鳴を上がるだけだったが、ナイラが手を引いたことで少し安心したのか、かすれた声で哀願した。

「お願いします、お助けください!

 何でも言うことを聞きますから!」


 その口はいきなりナイラの唇でふさがれた。

 女の唇と歯をナイラの柔らかな舌がこじ開け、ぬるりと口の中に侵入してくる。

 それは女の小さな舌に絡みつき、口の粘膜を舐め上げ、溢れ出る唾液をすすった。


 まるで麻薬でも打たれたように女の吐息が甘く切ないものに変わった。

 目はとろんとして焦点を失う。

 散々に女の舌をねぶりまわしておいて、ナイラはやっと口を離す。

「はうっ……」

 堪らずに女が大きな溜め息を漏らした。


 ナイラの舌は唇から顎へ、そして喉へとくすぐるように滑り降りていく。

 喉の途中まで降りたあたりで唇が押しつけられる。

 その時には、ナイラの形のよい唇から白く長い犬歯がはみ出していた。

 鋭く尖った犬歯が女の白い喉に「ぞぶり」と潜り込む。


 つうっと鮮血が一筋流れたが、すぐに止まった。

 女は噛みつかれても、全く痛みを感じていないようだった。

 それどころか、目には陶酔の色が浮かんでいる。


 ナイラは女の喉に喰いついたまま、再び指を下に這わせる。

 憐れな女の身体の反応を確かめると、淫乱な吸血鬼は満足したようだった。


 彼女の顎に力が入り、女の身体を圧し潰すようにのしかかった。

 女の身体から全ての精気がいったん抜き取られ、それに替わってナイラの体内で魔人の心臓によって変換され、凝縮・蓄積された吸血鬼の生命エネルギーが注ぎ込まれる。


「あああああああああああーーーーーーっ!」

 突然女が大声をあげた。

 悲鳴ではない。何かとてつもない快感を味わいながら、その正体がわからずに不安に襲われている――そんな複雑な叫び声だった。


 女の腰ががくがくと震え、白い内腿にいく筋もの黄色い液体が伝い落ちる。

 しばらくしてナイラはやっと口を離し、ぐったりとした女の身体を控えていた男に預けた。

 彼女は絨毯に広がる染みを、ちらりと嫌そうに見た。


「女は小便を漏らす者もいるのか……興覚めだな。

 誰か掃除をさせろ。

 女はしばらく寝かせておけ。

 起きたら残りの餌を吸わせてやるがよい」


 ナイラは長椅子にどかりと腰を落とすと、そのままだらしなく寝そべった。

 眷属を一人生み出すだけで、相当の体力を消耗するのだ。

 彼女はけだるそうな声でジアーに命じる。


「湯と香油を持ってまいれ。

 指が臭くてかなわん。

 

 ――それと、やはり餌を一匹こっちにも回せ。

 いや、若くていいのが二人いると言ってたな?

 それなら二人ともわらわが吸おう」


 彼女は柔らかなクッションの上で寝がえりを打ち、ぼんやりと考える。


 この女で眷属は二十人となった。

 あれらは一人で千人の兵にも匹敵するだろう。

 後は役立たずの有象無象を百人もそろえれば、赤城を陥落させるには十分だ。

 問題は、あの忌々しい結界をどうするかだが……。


 まぁいい。それはまた明日考えるとしよう。

 とりあえずは餌を吸って少し気力を戻さねばな……。


 ふむ……だが、ただ吸うのはもったいないかもしれんな。

 そうだ、一人は楽しんでからにしよう。

 それから喰っても遅くはないだろう。


 ナイラは自分の思いつきに大いに満足した。

 彼女は上機嫌で長椅子から身を起こすと、軽い足取りで天蓋のついた大きなベッドへと向かった。


      *       *


 赤城の会議室では、リディアと副官、それに主だった部隊の長が集まって対策会議が開かれていた。

 もちろんユニも同席を求められている。

 彼女は朝に行った報告を繰り返した。


 犯人は複数で、その正体は吸血鬼ヴァンパイアと見て間違いないだろう。

 侵入経路は依然不明で、どうやら建物の中にまで自由に入り込めるらしい。

 理性・知性は感じられないが、何らかの命令を受けて動いているような印象を受ける。

 身体は人間だが、まるでオークのような怪力、猫のような敏捷性を持つ。

 腕や足を失っても痛みを感じずに行動する。

 首を刎ねれば倒すことができる。


 その場の将校たちは、多少の推測は混じるが確度の高い報告だろうと判断した。

「対応策としては集団で取り囲み、槍で動きを止めるのがよいと思います。

 一対一は論外、必ず多対一で向かってください。

 そして接近戦は避けること。首を刎ねるのもハルバートを使うべきでしょう」


 ユニのこの提案は歓迎された。

 誰も吸血鬼などという化け物に単独で当たったり、近づくのを望むはずがない。

 そして、召喚士ではなく一般兵であっても、集団で当たれば敵を倒し得る――実際に最初の遭遇戦がそうだった――ことは、彼らの大きな希望だった。


「ただ、問題は敵をどうやって発見するかですな。

 ユニ殿の場合はオオカミがいるからいい。

 だが、それでも限界はある。

 昨夜も防げたのは二件、それに対して不明者の訴えは朝から増え続けて、今では三十人に近い」

 難しい顔でロレンソ少佐が指摘した。


 それは各指揮官たちが、これまで何度も議論を重ねてきた点である。

 しかし、有効だと思えるような案は皆無だったのだ。

 その場の誰もが口をつぐむ中、それまで黙って聞いていたリディアが口を開いた。


「その点については、私もよい案は持たない。

 しかし、犠牲者が加速度をつけて増えていることも事実だ。

 新市街がパニックに陥るのは時間の問題だ。

 そこで、私から一つ、提案がある」


 その場の全員が、驚きをもって赤龍帝を凝視した。

 リディアは席から立ち上がり、一同をゆっくりと見回してから宣言した。


「本日の日没をもって、赤城市は籠城戦に移行する!」

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