道
初めて目を開いた時、僕の目の前には一本の道があって、そのすぐ側にある二本の道から僕に道を歩けと催促する様に手を差し伸べる男女の姿があった。
「一緒に歩んでゆこう。ゆっくり確実に、一歩一歩」
僕はその二人の手を取って歩き出す。
歩けど歩けどまっすぐな道は、所々ガタガタしていたり小石に躓いたり大きな壁があったけれど、それでも僕は一歩一歩確実に進み、体は大きくだんだんと丈夫になってきていた。
そんな道に、途中からだんだんと別の道が近づいて来てはやがて別の方向へと離れて行く。
一番最初に友達になったゆう君、ちょっと意地悪だけど色々な発見を僕に教えてくれたじゅん君も、ある時期から自分の両親が呼ぶ別々の方向へと歩いて行ってしまった。
初恋のえなちゃんは、僕をこっぴどく振っていかり肩で別の方向を向いてすぐに見えなくなってしまう。
ある時、最初に僕に手を差し伸べていた男の方が別の女の人を連れて別の方向へと歩いて行ってしまった。
別の女の人は僕の手を繋いでいる女の人に何か渡して去って行く。
最初は泣き崩れていた女の人も、僕を見て何か決意すると再び歩き出した。
歩いて行く、歩いて行く。
僕はさらに大きくなって、ある時一人の女性に出会った。
名前は雪というらしく、中々名前が覚えられなかった僕が彼女の名前だけすんなりと覚えられた。
周囲から見たら普通の顔立ちだけれど、姿勢が良くて真面目で時々可愛らしい雪に、僕はだんだんと惹かれて行く。
雪は僕の手を引く女の人ともすぐ仲良くなって、僕の話しをしながら時々自分の話をしてくれるようになった。
やがて僕の手を引いていた女の人が手を離し、雪と並んで手をつなぐ。
僕の手を引いていた女は余り道が交わらなくなったけれど、それでも時々雪を連れてその女の人に会いに行った。
しかし、女の人は合うほどに小さくなっていく。
ある時、女の人に会いに行くと女の人は足を止めて足元をじいっと見つめていた。
僕は少し歩いて振り向くと、女の人に手を伸ばす。
「今度は僕が手を引いて支えるから」
雪も、女の人の体を支えている。
そうして三人で歩き出し、少しした頃。
ふと女の人がまた足を止めた。
振り返れば、女の人はまた足元を見つめている。
よく見れば、女の人の道はあと数歩で終わってしまう程短くなっていた。
女の人は笑って僕に手を振り、
「立派になったわ。元気でね」
女の人は歩き出す。
僕は止めようと手を伸ばしたけれど、その時には女の人は消えていた。
隣で雪が泣いている。
女の人がさっきまでいた場所には、気付けば古く細くなっていたガタガタの道が途切れていた。
「母さん。今まで育ててくれて、ありがとう」
僕はまた歩き出す。
ある時、雪のお腹が少しづつ膨らんでゆく。
どんどんどんどん大きくなり、ある時僕と雪の間に小さいけれど新しいきれいな道ができていた。
そして、雪の大きくなっていたお腹から新しい命が生まれる。
僕は、雪の抱いている小さな命を抱き上げて新しい道に乗せた。
雪のおなかから生まれた小さな命は、僕と雪を見上げている。
僕は雪と顔を見合わせ笑うと、小さな命に手を差し伸べた。
「一緒に歩んでゆこう。ゆっくり確実に、一歩一歩」
小さな命は僕と雪を見て、笑って手を取った。