あの子がくれた赤い物
長編『六花立花巫女日記』の評価に伸び悩んだ作者の息抜き作品です。
今作は長編との関係は一切ございません。完結するかは分かりません。
評価とブクマをつけていただけました。
不定期になるかと思いますが、連載へと移行しようかと検討しております。
続きが見たい等があれば、感想でお願いします。
その際は、連載として書き換えます。
短編から連載に出来ないと知らなかったので、ご了承ください!
女子生徒だけで構成された女学校、『サンマルテ女学院』。
この学校には2種類の人が居る。エスカレーター式に上がって来た者と、推薦組みだ。
推薦組みは、一般から選ばれる。家族の犯罪歴や人格を徹底的に調べ上げ、学院側からの声掛けでのみ推薦が与えられる。
推薦希望したからといって、推薦組みになれる訳ではない。
エスカレーター式に上がって来る者は、ある幼稚園に入ったもの達から選ばれる。
ある幼稚園に入れるものは、この国の未来を背負っていくもの達だ。
一度入ってしまえば、基本的には全員上がれる。希望すればサンマルテ以外に入る事も出来るけど、蹴る理由がない。
私はここに、エスカレーター式に上がってきた生徒の一人。所謂、お金持ちのご令嬢といったところだ。
九条 桜。九条の家の一人娘としてこの世に生を受けて16年。私は毎日を退屈に過ごしていた。
鈍い金色の髪が、私の印象を決めている。私はこの面倒くさがり屋な性格と相まって、不良のレッテルを貼られてしまっていた。
父は私を見る事はない、「日ごろの行いで証明しろ」と言うばかり。母は社交パーティに現を抜かしていた。
家族の事は、結構どうでもいいと思っている。
そんな私が今、夢中になっているものが一つだけある。
退屈な授業をしている教室から見える中庭のベンチ。そこに毎日の様に眠っている、ネムリヒメの観察だ。
体は小さい。私の隣に並んだ場合、胸の位置に頭が来るだろう。中等部の子だろうか。
風に揺れる漆黒と言える程に重い髪。その隙間から覗く整った顔を見ると、深淵を覗いているかのような……背徳感すら覚えてしまいそうになる。
一度だけ、ネムリヒメの目を見た事がある。色素が薄い――いや、薄くなりすぎて赤色にすら見えた。
そんなネムリヒメは、今日も眠っている。
彼女が起きている姿は、得した気分になる程に見ない。
今日高等部は自習時間な訳だけど、彼女はそんな事関係なしに眠っている。
雨や雪以外で、彼女が眠っていなかった日はない。
一度話しかけてみようかと思った。しかし、近くまで行って止めてしまった。
毎日眠る君が気になって声を掛けました。こんな言葉を投げかけられて嬉しい人間なんて居ないだろうから。
寝返りしたいのかもぞもぞとしている彼女の元に、3人の生徒が近づいていく。
あの3人には覚えがある。片桐家のお嬢様と取り巻きだ。
取り巻きもどこかのご令嬢らしいが、片桐の名より目立つ人間は居ないだろう。
片桐は、この国のトップ企業だ。
九条は片桐と双璧をなしていると世間は言うが、当人からすればそうは見えない。
九条と片桐では格が違う。
それこそ、片桐の下請けの様な物だからだ。
本物の金髪と金色の目。私の、染めたような金とは全く違う。私は目が黒いから、益々染めたように見えるから。
片桐は本物のお嬢様だ。所作にしろ、生き方にしろ。
そんな片桐のご令嬢が、彼女になんの用だろう。
……私は一抹の不安を感じ、席を立った。
彼女の眠るベンチ近くまで来た私は、3人の声に足を止めた。
「愛葉さん。いい加減になさった方がよろしいのではなくて?」
片桐が彼女に話しかける。愛葉という名らしい。
片桐の声掛けに、彼女は目を開けた。
色素の薄い赤が顕になる。
「……」
「起きてます? 片桐様が貴女にわざわざ注意をしに来て下さったのよ」
取り巻きの一人、佐藤とでも名付けよう。佐藤は彼女の前髪を乱暴に掴みあげた。
余りの事に、私は動きを止めてしまう。
「愛葉さん。貴女推薦組みでしょう。勉強はしっかりしないといけません」
取り巻きのもう一人、鈴木(仮)は彼女の頬を叩く。
そんな取り巻きの暴力に、片桐は眉を動かす事すらしない。
「愛葉さん。これ以上は目に余りますわ。これ以上授業に出ないのであれば、貴女を退学にしなければいけません」
「……ちゃんとテストで点数取ってますよ」
彼女の声を、私は初めて聞いた。耳に残る、優しい声だった。
声が聞けた事に喜んでしまったが、愛葉とテストという単語に、私はハッとする。
いつも学年3位以内に居る名前だ。
(同じ学年だったのか)
授業に出ていないのに3位以内という事に驚いたが、それ以上に同学年という事に驚いた。
「確かにテストで点を取っています。ですが、授業に出る事が重要なのです。社会への貢献度は、結果によって支えられます。しかし、いかに結果がよかろうが、過程が杜撰では結果に傷がつくのです」
過程があっての結果だというのには同意する。結果だけを追求して、犯罪に手を染める者も多い。
授業に出る事が、その過程を学ぶ事に繋がるとは思えないが。
「授業に出て学ぶという姿勢が、結果の裏付けとなるのです」
「推薦を受けた時、テストで3位以内なら何をしてもいいと言われた」
「そういう契約であったとしても、目に余るという話です」
片桐は彼女が気に入らないようだ。
正直な話、この学校の授業に出たからといって、片桐の言った事が育まれるとは思えない。
片桐はテストで上位の常連だ。1位も取っている。しかし、コンスタントに3位以内を取る彼女は、片桐より優秀と言わざるを得ないだろう。
3位以内と言ったが、1位の方が圧倒的に多いのだから。
そろそろ出て行くとしよう。彼女の顔をが苦悶を浮かべている。
掴まれている部分が痛いようだ。
「どなたですの?」
「私だよ」
「九条さん? こんな所で何をなさっているんですか」
「それは私も言って良いの? 3人で一体何をしているの」
取り巻きは途端に、片桐の後ろに隠れてしまった。
「愛葉さんとはお知りあいなのかしら」
「いいや」
「では、首を突っ込むのはお止めください」
「それは出来ない相談。君はどうか知らないが、後ろの2人は暴力的すぎる」
「騎士のつもりですか? 貴女が体を張るほどの子ではありませんよ」
「ご心配どうも。身の振り方は自分で決める。九条はそういう教育方針なのよ」
「……貴女の事は小さい頃から知っています。こういった事に首を突っ込む方ではなかったと記憶しています」
「私もそう思うよ」
自嘲的に、笑ってしまう。
彼女の事は、ただ見ていただけだ。それだけの関係。
関係と言える程の物ではないな。私は絵画を見ているような感覚だったはずだ。
絵の中に飛び込む趣味はなかったはず。
でも、痛そうにしていた彼女を見ると――少しだけ騎士になるのも悪くないと思った。
「彼女が少しばかりサボり姫なのは知ってる。それでも、テストで良い点を取っている以上、推薦組みとしての義務は果たしている。いくら君でも、退学には出来ないよ」
「……随分、肩入れしますのね」
「そう見える?」
「見えますわ。私には、そんな事――」
片桐の前髪で目が隠れているが、少しばかり悔しそうに見える。
「愛葉さん。次はありませんよ」
片桐が、優雅さの欠片もない歩みで校舎へ戻っていく。
取り巻きは、片桐の変化に驚いているようだ。
「大丈夫?」
「はい。ありがとうございます。九条さん」
私の名前を知っている事に驚いたが、片桐程じゃないが私も有名だった。
「片桐に目をつけられるのは厄介。少しは授業に出た方が良いんじゃないかな?」
「……九条さんが言うなら」
私が言うならというのが引っかかるが、少しだけ言う事を聞いてくれるようだ。
楽しみが一つ減るのは残念だが、片桐の取り巻きは何をするか分からない。気をつけたほうが良いだろう。
片桐のためなら何でもしそうだったからね。
「その前髪だと授業を受けにくいでしょ」
自分の髪を止めていたピンを2つ使い、彼女の前髪を止める。
「君に言う事じゃないけど、授業頑張って。愛葉」
「……はい」
彼女の頭を一撫でし、その場を立ち去る。
同学年の子の頭を撫でるのは、やりすぎてしまったかもしれない。
それでも、彼女と出来た細い繋がりに――私は少し浮かれてしまったようだ。
後日、私と片桐が言い争っていた事は学校中に広まってしまった。
片桐と目があったけれど、逸らされてしまった。
喧嘩をしたかった訳ではないのだが。
教室に入ると、視線がいつもより多く刺さる。
中には、遂に片桐が不良の私を制裁しようとしている、といった声まである。
その考えは間違っている。片桐は私が不良でない事を知っているし、それなりに良い関係だったはずだ。
昨日の事で、少し軋轢が生まれてしまったけれど、仕方ない。
朝礼を告げる鐘が響いている。
そろそろ先生が来る頃だろう。
ガラリ、と扉が開く。生徒達が席に着こうとして、固まる。
扉に目を向けるとそこには、漆黒の髪をヘアピンで止めた女の子が立っていた。