あなたの側にいたいから2
驚いて響也を見遣る。目を丸くする帆花を前に、響也は息を抜いて笑った。
「ここ数年、仕事ばかりでまともに祝ってやれなかったからな。今年はお前にとって学生最後の誕生日だし、盛大に祝いたいんだ」
思いがけないサプライズに胸が躍る。心が舞い上がり、声が弾むのを抑えられなかった。
「ほんと? ほんとにホントに一緒に居てくれる?」
「はは、なんなら指切りでもするか?」
「ううん、平気! ありがとう……すごく嬉しいよ。でも、休暇を取るためにお仕事調整するの大変でしょ? 元々激務だけど最近特に帰りが遅いもん」
「お前のせいじゃないから気にすんな。たまたま色々立て込んでんだよ。実はこの後も会社に戻らなきゃなんねぇんだ。いつも寂しい思いさせて悪い」
響也が申し訳なさそうに眉尻を下げたので、帆花は慌てて首を左右に振った。
「留守番はかまわないの。ただ響ちゃんが心配なだけ。もっと力になりたいのに自分にできることが少なくて、それが心苦しい」
「何言ってんだ。お前は十分貢献してるだろ。むしろ家事にほとんど手がつけられない俺に文句ひとつ言わずにいてくれる。できすぎなくらいだ。もっと威張っていいぞ。俺が許す」
「ふふっ、何それ。謎の上から目線」
くすくすと肩を揺らして笑うと、信号が青に変わった。アクセルを踏み込んだ車は流れるように発進する。繁華街を抜けるとやがて視界が開け、遠目に高層ビルが立ち並ぶポイントに差し掛かった。
まばらに灯る部屋の明かりは未完成のパズルのようで、暗闇の中で幻想的に浮かび上がっている。道路照明の脇を走り抜ける度、響也の横顔に線状の光が落ちては瞬く間に過ぎ去っていく。
唐突に、砂時計の砂がサラサラと細く、しかし想像以上に早いスピードで落ちていく様が脳裏をよぎった。同居しているとはいえ響也と一緒にいられる時間は限られている。寂しさを振り払い、帆花は口を開いた。
「あのね、さっきの話だけど……さっそくリクエストしてもいい?」
「もちろん」
「誕生日は家で過ごしたい。ご飯は私が作るから映画のDVDでも借りて一緒に観よう」
「却下! それじゃいつもと変わんねーだろ」
一蹴され、帆花はたじろぐ。
「私はいいよ?」
「よくねぇよ、せっかくの機会だ。街に出てショッピングもいいが、お前がよければ自然の綺麗なところへ行かないか。で、温泉に立ち寄って食事と風呂を楽しむのはどうだ」
「うーん」
帆花は考え込んで腕組みした。
「不満か? 何か他にやりたいことがあれば――」
「ううん、とっても素敵なプランだと思う。ただ、正直にいうと滅多にない貴重なお休みの日だから体を休めてもらいたいの」
「……あのな、帆花。お前が俺を気遣ってくれるのは嬉しい。でも今回は方向性が間違ってるぞ」
「え?」
「俺はお前の喜ぶ顔が見たくて誘ってるんだ。さっき言っただろ。うんとわがままを言って甘えて欲しいって。あれは本気だ。分かったら諦めて素直に甘やかされとけ」
 




