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スイートホーム  作者: 水嶋陸


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観賞用王子の日常2


 昴と響也は同期で、大学時代からの親しい友人だ。昔から神楽木家に出入りしているため、帆花とも見知った仲だった。


 てっきり帆花に言い寄る不埒な輩と勘違いし、牽制してしまった響也はバツが悪そうに頭を掻いた。帆花はくすっと笑う。


 「心配性だなぁ、響ちゃんは。あのね、昴さん空港に到着してそのまま出勤したんだって。偶然受付で私を見かけて声をかけてくれたの」


 「そうか。お前と話してたのが昴でよかった。知らない男に声をかけられても絶対相手にするなよ」


 「はいはい。それより響ちゃん、ちょっと屈んで? 前髪乱れてる」


 促されるまま上体を傾けた響也の前髪を、帆花は指先で梳くように撫でつけた。ワックスで緩くセットされているので整えやすい。


 「うん、これでよし!」と太鼓判を押すと、響也が姿勢を正す。


 「もしかしてまだお弁当食べてる途中だったんじゃない? ゆっくりでいいって言ったのに、飛んで来たんでしょ。響ちゃん外見はいいんだから、身嗜みちゃんとしなきゃ」


 「棘のある言い方だな」


 「事実だし」


 「ほーお。生意気言うのはこの口か?」


 「ふぁっ!? いひゃい! やめてー!」


 両頬を真横に引き伸ばされて、涙目になった帆花は素早く昴の背中に隠れた。警戒する猫のように様子を伺う帆花と、ドS丸出しの笑みで見下ろす響也を交互に見遣り、昴はぷっと吹き出した。


 「ははっ! 君達はいつも仲が良くて羨ましいよ。僕一人っ子だからさ。帆花ちゃんみたいな可愛い妹が欲しかったな」


 「昴さんの妹なら大歓迎です!」


 「ほんとに? じゃあ……響也はやめて僕にする?」


 昴は帆花の手を取り、そのまま胸に引き寄せた。予想外の行動に驚いた帆花が見上げると、とびきり魅惑的な笑顔を向けられ硬直した。


 昴の纏う仄かに甘くスパイシーな香りはしっとり深みがあり、都会に降る真夜中の雨を彷彿とさせる。


 返答に窮していると、見かねた響也がジト目でため息を零した。


 「おい、あんまりからかうな。つーかいつまでくっついてんだ。離れろ」


 「えー、ちょっとくらいお兄ちゃん気分味わわせてよ。響也ばっかりずるい」


 「知るか! どーしてもっていうなら他をあたれ。こいつは俺のだ」


 強引に帆花を奪い返して抱き寄せる響也に、「残念」と肩を竦めつつちっとも気落ちしてなさそうな昴。完全に遊ばれていると察した帆花は嘆息し、響也を見上げる。


 「遊びはおしまい。はい、これ頼まれてたもの。一応中身を確認してくれる?」


 トートバッグからA4サイズのファイルを取り出し、響也に手渡す。さっと書類に目を通した響也は「合ってる」と頷く。


 「悪いな、登校前に用事頼んじまって。慌ただしかったろ」


 「ううん、平気だよ。でも講義が始まるからもう行くね。今夜はゼミの飲み会で遅くなります。門限間に合わないかも」


 「了解。終わる頃連絡よこせ。迎えに行く」

 

 「えぇっいいよ。毎回申し訳ないし――」

 

 「バーカ。いらん気遣うな。俺が心配だから迎えに行きたいんだよ。後で店のリンク送っとけ」


 帆花は困ってチラリと昴に視線を送った。助け船を求めたつもりだったが、どうやら昴もお手上げらしく、苦笑いが返ってきて観念した。


 「分かった。じゃあ、終わる頃連絡するね。くれぐれも無理はしないでね?」


 「ん。わざわざありがとな。気を付けて行って来い」


 「はーい。昴さんも無理しないで下さいね」


 昴に会釈した後、帆花はエレベーターに向かっていく。最後に振り向いて小さく手を振る姿を、眩しそうに見守る響也。その隣で昴が微笑んだ。


 「可愛いなぁ」


 「は?」


 「響也の心の声。だだ漏れてた」


 「可愛いなんてもんじゃないだろ。控えめに言って天使だ」


 自慢気に胸を張る響也に、昴はやや呆れる。


 「あのさ、真顔でそういうこと言うからシスコン扱いされるんだって自覚ある? 最近じゃ『観賞用王子様』のレッテル貼られつつあるから気を付けた方がいいよ」


 「妹を愛でて何が悪い」


 「……溺愛しすぎて愛想尽かされないようにね。じゃ、また」


 ひらりと片手をあげ、昴は響也と別れた。昴とすれ違う女性達が熱い視線を送っている。


 昴はいい男だ。頭の回転が早く、洞察力に優れ気が利く。同期で真っ先に昇進したのは響也だったが、それは帆花に不自由させないため懸命に働いていたからだ。


 余力を残して淡々と業務をこなし、成果を上げている昴には底知れないものを感じて一目置いている。


 (いずれ帆花を任せられるとしたら、昴のような男だろうが……調子に乗るから絶対言わん)


 ネクタイの結び目に指をかけ、僅かに緩める。響也はファイルを握り締め、執務室に戻る道を歩き始めた。



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