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スイートホーム  作者: 水嶋陸


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プロローグ1


 桜が満開になり、風に乗って桃色の花びらが舞う四月上旬。


 小学六年生になったばかりの斉藤帆花(さいとうほのか)は、期待と不安に胸を高鳴らせていた。


 物心つく前に両親が離婚し長らく母と二人暮らしだったが、この日、義理の父と兄ができるのだ。


 「緊張してる? 大丈夫よ。再婚相手はとっても優しい人だから」


 母親の(かおる)に励まされ、帆花は小さく頷いた。両家顔合わせは新都心の高級ホテルで行われることになっている。


 新宿駅西口から東京都庁方面へ抜ける道中、緊張で肩に力が入っていたが、足取りは思っていたより軽かった。


 先方に指定されたホテルへは駅から徒歩五分程度で到着した。薫の先導で待ち合わせのレストランへ移動する。


 高級ホテルは日頃縁がなく気後れしていたが、ガラスの壁面から自然光が差し込む店内は温もりがあってほっとした。


 洗練された石造りのフロアには上質な木材のテーブルが配置され、客席からは中庭を臨むことができる。にこやかな店員に通されたのは個室だった。


 「遅くなってごめんなさい。思ったより支度に手間取っちゃって」


 恐縮する薫に続いて入室すると、着席していた中年男性が腰を上げた。


 「大丈夫、全く問題ないよ。むしろ僕の都合でなかなか顔合わせを実現できず申し訳なかった。今日は十分に時間がある。せっかくの機会だ、皆でゆっくり話そう」


 柔和な笑みを浮かべる再婚相手の男性は、薫によると四十代半ばだそうだ。しかし想像していたよりもずっと若々しく、アイスブルーのシャツと細身のスーツがよく似合う。


 全体的に清潔感があり、さっぱりした顔立ちの爽やかな印象の人だった。


 (この人がお父さんになるんだ)


 じっと顔を見つめていると、男性と視線が重なる。彼の表情が一層明るくなった。


 「君が帆花ちゃんだね! はじめまして、神楽木正義(かぐらぎまさよし)です。君のことは薫さんから話に聞いていたよ」


 「はじめまして。斉藤帆花です。母がいつもお世話になっています」


 深々と頭を下げると、背後からふっと笑い声がした。不思議に思って振り向き、声の主を見上げて硬直した。帆花の胸中を察した正義はため息を吐く。


 「響也(きょうや)、だめじゃないか。いきなり笑われたら不安になるだろう」


 「悪い。礼儀正しいなと思って感心したんだよ」


 「まったく……。少し外すと出て行ったっきり戻って来ないからひやひやしたぞ。ほら、二人にご挨拶して」


 正義に促され、前に進み出た響也の凛とした佇まいに目を奪われた。


 百八十センチはあるだろう長身で、モデルのように均整の取れた体躯。ナチュラルなストレートの黒髪に涼やかな目元、聡明さの滲む端正な顔立ち。


 シンプルなVネックのカットソーとジャケットをさらりと着こなした姿が驚くほど絵になっている。


 「はじめまして。息子の響也です。お待たせしてすみません」


 「ううん、遅れたのは私達の方よ。会えて嬉しいわ。忙しい中、時間を作ってくれてありがとう」


 薫と握手を交わした響也は、帆花の目の前で膝をつき、目線を合わせた。惚けたように自分の顔に見入っている帆花を見て、悪戯っぽく唇の端を上げる。


 「そんなに見つめられると穴が空きそうだ」


 「響也! 年下の女の子をからかうんじゃない」


 「妹になるんだしちょっとくらいかまわないだろ」


 正義の叱責に悪びれる様子なく、響也は帆花に右手を差し伸べる。


 「俺は今十八だから、君の七歳上かな。これからよろしく」


 まっすぐ向けられた眩しい笑顔に胸がときめき、一瞬で恋に落ちた。軽く手を握られただけでカッと頬に熱が差し、鼓動が逸る。


 ただ、響也はずいぶん年上で義理とはいえ妹になる。家族として特別な感情を抱いてはいけないことは子供ながらに理解していた。


 帆花は芽吹いたばかりの恋心に蓋をし、精一杯平静を装う。


 「こちらこそよろしくお願いします。あの、響也お兄ちゃんって呼んでもいいですか?」


 「いいけど、長くないか? 俺は帆花って呼ばせてもらう」


 「それじゃあ……『響ちゃん』にします」


 「いいわね、それ! 私も真似しようっと」


 隣で様子を見守っていた薫に肩を抱き寄せられ、正義も会話に加わる。意気投合し、無事家族になった四人は間もなく共に暮らし始めた。


 品川の住宅街に建てられた二階建てのコートハウスは、一級建築士で、建設会社を経営する正義が自ら設計したものだ。


 帆花は新たな家族と幸せな日々を送った。


 ―――四年後、両親が他界するまでは。


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