第20話 彼方より迫りて その4
ソウタは執務室に戻ってきた。リンが不安げな顔をして出迎えてくれた。
「閣下!閣下ご自身が出撃されるというのは本当ですか?!」
「ああ。今度の作戦、俺でなければ駄目なんだ」
「ですが閣下は軍人ではありません!」
「政治的な判断も要求される内容で、機材の操作も俺しかできないからね」
リンは反対するが、ヒトミもエリもすでに承知済みだからと聞く耳を持たなかった。
「でしたら私は閣下の秘書官です!この命尽きるまで、閣下とご一緒致します!」
「君を戦場に連れて行くわけにはいかない。それにリンには頼みたい大切な仕事があるんだ」
「そ、それは何でしょうか?」
「万が一、万が一だ。防衛線が破られてエリの身に危険が迫ったら、君は真っ先に転移門を抜けて、エリたちを受け入れる用意を整えてくれ」
「その命令は、閣下の身の上に万一があった前提ですね」
「ああ。そうだ」
「でしたら断じてお受けできません!」
今までソウタの命令を拒絶した事がないリンが、この時初めて語気を荒げて拒絶した事に驚きを隠せないソウタ。
「どうしてだ!?」
「私は……、閣下の身に万一の事があれば、即座に閣下の後を追うからです!」
リンは決然と、ソウタの身に万一があれば後を追って自決すると言い放った。
「馬鹿なことを!」
「閣下の……、ソウタさまの居ないこの世に留まる理由など、私には何一つありません!」
「リン……。どうしてそこまで……」
リンの激しい想いに、ソウタは戸惑ってしまった。
「ソウタさまは私にとって大恩のお方です。元来眼が悪かった私に、世界が鮮明で美しいこと、それに触れる機会を与えてくださったではありませんか……」
「俺はただ、君に眼鏡を買ってあげただけじゃないか……」
「いいえ!ソウタさまにお会いできなければ、私は常に霞がかったあやふやな世界で一生を送ったに違いないのです」
「私は幼い頃から近視が酷く、幼く死に別れてしまったので、両親の声は覚えていても、顔はおぼろげなまま。そんな私を引き取ってくださった大恩あるワジーレ様のお顔さえ、ご葬儀の時に間近に寄るまで、はっきりわからなかったのです……」
リンは涙ながらに語る。
「そんな私にとって、ソウタさまの下に就くことができたのは本当に、本当に行幸でした」
「周囲のことさえはっきり見えない私を連れて、視察に周らせて頂いただけでなく、異世界のニホンにまで。そして私にこの眼鏡を授けて下さいました。私が最初に鮮明に見た人の顔は、ソウタさまのお顔だったのです……」
「リン……」
「ですから私の心身、そしてこの命は、全てソウタさまのものです。ソウタさまのためであれば、私の身など、どのように扱われても構いません。策略の為にこの身を売り、命を失うことになろうとも喜んでお引き受け致します!」
「そんな馬鹿げた事を命じるわけがあるものか!」
「ですがソウタさま、それは全てソウタさまが存命であればこそ、お引き受けできるものです。ソウタさまの身に万一の事があっては、私の生きる意味が失せ消えてしまいます」
「君の命は君のものだ!そんな事を言わないでくれ!」
「もし……、もしどうしても万一の事を前提にした命令を私に下さるのでしたら、それをお受けするのに、絶対に譲れない条件があります」
「それは?」
リンはおもむろに戸に向かって行き、その鍵を閉めた。この部屋の合鍵は宰相であるソウタと、その秘書官であるリンと、女王であるエリしか持っていない。つまりエリ以外は誰も立ち入れなくなったのだ。
そして誰も入れぬ閉鎖空間となった室内で、リンは意を決してソウタに告げた。
「私にソウタさまとの証をお授け下さい……」
涙を浮かべて小さく震えながらも笑顔で告げるリン。
ソウタに絶対に生きて帰って欲しいからと、とても呑めない要求と考えて咄嗟に出てきたのか、それとも心から望んでいた事だったのか。あるいはその両方だったのか。いずれなのかソウタには測り兼ねた。
「わかった」
意を決したソウタは立ち上がってリンを抱き寄せた。
「そ、ソウタさま?!」
リンは胸を高鳴らせ、息を呑む。
彼女が拒絶しないのを確認したソウタは、勢いのままリンを抱きかかえて執務室に併設されていた仮眠室に連れ込んだ。そして仮眠室のベッドにリンを押し倒すと、ソウタはリンにの上に荒々しく覆いかぶさる。
ソウタはリンに絶対を約束できなかった。だがリンには自分に万一が起きても、後を追って自決するなどという馬鹿な真似はして欲しくなかった。だからソウタは彼女の条件を呑むつもりなのだ。
「絶対は約束できないんだ。だけどリンには何としても生き延びて欲しいんだ。だから……」
「ソウタさま!ソウタさま!!」
リンは涙を零しながら、両手を広げてソウタを迎え入れる。唇を重ねるとそもまま激しく吸い合い、同時にリンは自らの着衣を緩めていく。
「リン、今ならまだ止められる。本当にいいのか?」
互いに衣類の乱れは一線を保っていた。まだ止められる理性をソウタは残していたのだ。だが、リンは。
「後悔など、するわけが……ありません!」
自らソウタの口にむしゃぶりつくリン。ソウタは最後のロックが弾け飛び、勢いのままリンと身を重ねたのだった。




