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第20話 彼方より迫りて その2

 翌朝。支度を終えたアンジュたちクブルの一行が、山越えでの帰国の途に就いた。


 エリとヒトミは王都の城門まで見送り、ソウタは山裾まで見送りに付き添う。


「この美しい山と緑も、しばし見納めになるのですね……」


 アンジュを乗せて馬車は進む。車内にはソウタが一緒に付き添って、国内の景色を共に展望していた。


 アンジュはソウタの右肩にもたれかかり、その腕をひっしと掴む。


 昨夜、アンジュがソウタに提示した帰国の条件は、アンジュとこのまま一夜を共にする事と、ゴ・ズマとの戦争が終わった後に彼女を妻として迎え入れる事だった。そして後者はともかく、前者は絶対に譲れないと強くソウタにせがんだのだ。


 ソウタはアンジュの想いと今までの彼女の尽力に応えて、アンジュが力尽きるまでその身を重ね、彼女が求めるままに命の雫を彼女に解き放っていた。


 出発前にソウタは妻たちに経緯と、アンジュとの約束について話していた。


「お疲れ様ソウタ。アンジュには本当に悪いけど、最終手段を使わなくて済んで良かったわ……」


「ああ……」


 エリが授けていた策は、アンジュに睡眠薬を盛って強引に眠らせて、一行に預けて帰国させるというものだった。


 だがこの手を使うと、何とか危機を乗り切った後に問題に発展する可能性も高い、危険な方法だった。なのでアンジュが納得して自らの意思で帰国すると決心してくれたのは幸いだった。


「それで約束の件だけど……」


「私は何の問題もないわ。バンドウ家、いえクブルにとってはどう転んでも悪い話じゃないんだし」


 エリは問題ないと即答した。


 アンジュは純粋にソウタとの証を求めたのかもしれないが、もし結実したのなら、バンドウ家、そしてクブルは、世界帝国の皇帝に連なる血を手に入れることになる。


 クブルにまでゴ・ズマが迫ってきたのなら、何ら抵抗せずに降伏してしまえば、ほぼ全てが安堵される。

 さらにタツノ家の血を引く者が居たとなれば、それが男子で、将来の後継者候補ともなれば、さらなる発展が見込めるだけでなく、この地域で覇を成す事さえ可能になるのだ。


「アンジュが居なかったら、カ・ナンの備えがさらに難儀してたのは間違いないから、その分のお礼でもあるのよ……」


 そんな次第でエリは容認したのだ。


「アンジュさんは正直苦手だけど、全然悪い人じゃないから……」


 ヒトミは純粋にアンジュに苦手意識があるようだったが、承諾してくれたのだ。



「……。そういう次第だから」


 ソウタはアンジュに、彼女を戦後に迎え入れる件は、妻たちに許可された事を告げる。


「エリ女王陛下、ヒトミ将軍……。余所者の私の我侭にそこまで……」


 アンジュは二人の承諾が得られた事に、心の底から驚き、涙していた。 


「アンジュ、君もカ・ナンの一員なんだ。決して追い出すんじゃないんだ。だから皆で生き延びて……皆で幸せになろう……」


「ありがとうございます……」


 やがて一行は麓に到着した。


「クブルの皆さん、ここまで踏み止まって頂きありがとうございました。そしてこんな険しく危険な道を使って脱出させて申し訳ありません!」


 ソウタはクブルの一行に頭を下げて詫びる。


「いえ、タツノ宰相閣下。御身がわざわざこのようなところまでお見送り頂きありがとうございました!」


 アンジュはあえてソウタをイコエ・トウザの名で呼ばず、カ・ナンの宰相の名を呼んで返礼した。


「カ・ナン王国と国民の皆さんが、無事にこの国難を乗り越えてさらなる発展を遂げる事と、再会できる日を、心待ちにして……おります!」


 思わず涙を流すアンジュを、ソウタは優しく受け止め、涙をその手で拭う。


「ありがとうございますトウザさま……。必ず私はこのカ・ナンに、貴方のお傍に戻ります!」


 面前を憚らずに唇を重ねる二人。離れたところで一行は出発した。


 一行は登山道を進む。アンジュは猟兵の背負子に担がれていた。


 熟知した者が案内せねば道に迷い、滑落や野獣に襲われて命を落とす過酷な道を突破して山を越えて海に向かうのだ。


「さようならカ・ナンの皆さん……。どうかご無事で」


 日が傾きかけた頃、山頂から見下ろすカ・ナンの国土に、涙ながらにアンジュはしばしの別れを告げたのだった。


「ご苦労様、ソウタ」


 王都に戻ったソウタはクブルの一行を無事送り出した事をエリに報告する。


「私が同じ事されたらたまったものじゃないけど、他に手は無かったから……」


「とにかく、皆で生き延びて……皆で幸せになろう……」


「ええ、本当に……」

 

 エリはソウタの胸元に飛び込んで呼吸を繰り返す。ソウタはエリを優しく抱きとめ、自分の鼓動をエリに聞かせていた。



 この間も王都の非戦闘員の大半は、事前の手はず通りに疎開のために奥地に向けて続々と出発していく。


 二週間もすれば王都からの疎開が終わり、残るのは軍務に関係するか、要人の身の回りを世話する者たちぐらいとなる。


 夕方、ソウタは屋敷の者たちを集めていた。


「知っての通り、もうすぐ敵が攻め寄せてくる。防戦はおそらく王都の目鼻の先になるだろうから、ここも危険だ。俺もヒトミも一切責めないから、皆も疎開して構わないから申し出てくれ」


 だが、誰も申し出るものはいなかった。


「旦那様、すでに皆、身内は疎開させております」


 執事はソウタに全員の状況を告げた。皆、身内の疎開は終わっており、自分たちはソウタがここに踏み止まる限り屋敷に残るというのだ。


「ファルル、フィロロ、君たちは本当にいいのか?」


「私たちは口減らしで故郷から出てきた身の上です。必ず最期まで旦那様と奥様にお仕え致します!」


 家政婦長も含めた三人とも応急手当の講習を受けており、いざとなれば看護の補助要員として加わるつもりだという。


「この屋敷では他より高い俸禄を頂いている割に、旦那様たちがなかなかお戻りにならないので、今まで頂いた禄に見合った働きができておりませんでしたから」


 男の使用人が笑って答える。


「いざとなれば、薪割りの斧を得物に私もお二人の護衛に馳せ参じましょう」


「だったら俺は大包丁が得物だな」


 料理人も笑って言い放つ。


 他の皆も、最後まで二人の傍で仕えると言い切って、疎開しようという者は出てこなかった。


「みんな、ありがとう」


 ソウタは深々と頭を下げた。

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