第20話 彼方より迫りて その1
「敵軍と思しき軍勢が、国境まであと十日ほどの距離まで迫っていると、斥候からの報告です!」
ゴ・ズマの軍勢が進撃しているという風説は流れていたが、斥候から国境の砦に報告があったという事は、ほどなくゴ・ズマの軍勢が国境に到達するという事なのだ。
「とうとう来たわね……」
エリの口から直ちに全土に非常事態宣言がなされた。
手はず通りに、休暇で故郷に戻っていた兵士たちに動員が掛かり、同時に王都の一般住民に疎開命令が下された。
国内に張り巡らせた電信網によって、動員令は間を置かずに伝わり、兵たちは乗合馬車に乗って続々と馳せ参じてくる。
そして兵たちを乗せた馬車はそのまま、王都から疎開する人々を疎開先に届ける足となった。
「よし、手はず通りに進んでいるな」
王都からの非戦闘員の疎開完了には二週間以上が見込まれているが、その時間は現状で動かせる戦力だけでも十分稼げるだろう。
そして休暇に出していた兵たちの動員と出撃は五日もあれば可能なので、敵が騎兵部隊で一気に強襲してこない限り、万全の体制で迎撃は可能なのだ。
同時にクブルからの技師たちにも退去勧告がなされた。
技師たちはこれに応じて、すぐにクブルに帰国するための準備を整えたのだが……。
只一人、アンジュだけはカ・ナンに残って共に抗戦すると言って、説得に応じなかったのだ。
「仕方ないわ。アンジュに万一あって、クブルに迷惑を掛けるわけにはいかないから……」
幹部全員の意見は一致し、アンジュをクブルに送還する事が決定された。
だが、説得に応じないならば、強引な手段を取らねばならない。
「俺が何とかする。アンジュがこの国に来る事になったのは、俺のせいだから」
「そうね。ソウタが適任よね……」
エリはソウタに策を授けた。ソウタはその策は最後の手段にすると承知した。
その夜。ソウタはアンジュを自分の屋敷に招待していた。
今までの公式な援助を越えた彼女の尽力に感謝する為に夕食に招待したのだ。
「ヒトミさんはご不在なのですね」
「ああ。ゴ・ズマへの対応で帰れないからね」
ヒトミは侵攻への対応に追われて、今日も泊り込みで対応の予定になっていた。
美しい月光が庭園の池に浮かぶ幻想的な景色を眺めながら、二人は屋敷の料理人が腕を振るったカ・ナンの美味を堪能する。
一通り食べ終えたところで、ソウタが切り出した。
「アンジュ。君はクブルの人だ。わざわざカ・ナンに篭って、この戦いに巻き込まれる必要は無い」
「トウザさま!私もカ・ナンの一員です!覚悟はできています!」
アンジュは決然と言い放った。
「私もカ・ナンの一員です!できる事は何でも致します!武器を握らせてもらえないなら、看護でも給仕でも何でも致しますから!」
「君の決意は承知した。だったら直のこと、君はカ・ナンの為にもクブルに戻って欲しい」
「何故ですかトウザさま?!」
「アンジュはカ・ナンに残るよりも、クブルに戻って俺たちを支援して欲しいんだ。カ・ナンに篭っていたら把握できない情報の収集と提供、戦後の備え、他にも沢山できる事がある」
「ですがトウザさま!それではトウザさまのお傍に居られないではないですか!」
アンジュは震えを堪えて立ち上がってソウタの右手を掴んだ。
「私はトウザさまを愛しています!叶うなら、私も伴侶の一人に……。いえ、例え伴侶になれなくてもずっとお傍にいます!私が死ぬ時は、トウザさまの盾となる時です!」
アンジュからの悲痛な愛の告白を受けたソウタ。
「アンジュ……、ありがとう。俺なんかの為に。でも、だからこそ、アンジュはクブルに戻って欲しいんだ」
「何故ですか?!」
「俺は本当に危なくなったら、異世界の祖国に逃げ帰ることができる。ヒトミもエリも、逃げれる者たちは連れていける。でもアンジュ、君は転移門を通過できないじゃないか!」
ソウタはアンジュの両肩を掴んで懇願する。
「俺は万一の時にアンジュを置き去りに、見殺しにしたくなんて無いんだ……」
自分たちは最悪、情勢が落ち着けば他の場所に転移門を開いて、このアージェデルに帰還できる事。
そしてクブルはカ・ナンとは無関係だと白を切り通してゴ・ズマに降伏すれば、ゴ・ズマは寛容に受け入れるので、アンジュの身の安全は保障される事も、ソウタは懇々と説明する。
「わかりました。私が残ることでトウザさまがそれほどお苦しみになられるのでしたら……。私がクブルに戻る方がトウザさまのお役に立てるのでしたら……」
「本当に済まないアンジュ……」
深々と頭を下げるソウタに、アンジュは優しく、そして寂しげに微笑む。
「その代わり条件があります」
「それは?」
アンジュはソウタに、幾つかの約束を果たす事を帰国の条件とした。
「分かった。君との約束を守る事を今、ここで誓う」
ソウタはそれを即座に承諾した。
「ありがとうございますトウザさま……」
アンジュは喜びに咽び泣いていた。ソウタはアンジュを抱き寄せ、その涙を口で優しく啜り取り、そのまま唇を重ねた。




