第18話 明かされた事実 その2
「とはいえ、転移門を頻繁に利用する気は誰にも無かったんだ。ただ、ユキヒロもミユキも子供ができたら、あらゆる環境が整っている日本で育てる事を選んだ。それにはユーマもミーナも反対しなかった」
「私とエリちゃんは日本で育てたい、ですか?」
「ああ。特に生まれてすぐだと、医療体制が整っていなかったカ・ナンに限らずアージェデルは危険だからね。実際、到着直後のカ・ナンには疫病が蔓延していたんだ」
「それで私の両親たちと協力して、衛生面の改善に取り組んで頂けたのですね」
エリは自分が生まれる前から度々発生していた大規模な疫病を根絶する為に、父親だけでなく、白銀の錬金術師が助力していた事を知っていた。
白銀の錬金術師は、衛生面を改善する為に膨大な量の消毒薬を散布した。
そしてカ・ナンでも手に入る石灰を消毒に利用する事、そして上下水道の再整備や公衆衛生の知識を伝授した。
白銀の錬金術師とエリの父たちは、率先して衛生面の改善と知識の伝播に勤めていたという。
これらは人々の意識を変えねばならなかったので、時間は掛かった。
だが、エリがカ・ナンに来る事を決意した頃には、公衆衛生が原因の疫病は、ほぼ根絶されていた。
そのため、疫病を退治した白銀の錬金術師リュウの名は、カ・ナンにおいて知らぬ者が無いほどだった。
「僕たちの直接的な介入はそれぐらいだったけどね……」
「ともあれ、オオトリ家もシシノ家も、日本で育てた娘たちの道は、将来自分で決めさせたいと考えてたんだ」
「だから話し合って、通路の確立地点からそう離れていない、ここらでみんな固まって住むことにしたのさ。ああ、国籍が無かったユーマとミーナの二人分は“俺たち”でどうにかした」
「結局、ユーマは王位にいた兄が跡継ぎ無く亡くなってしまったから、カ・ナンに戻らざるを得なくなって、ミーナの方も似た事情になってしまったわけだ」
「伯父さん、俺に黙っていたのは何故ですか?!」
ソウタが掴みかからん勢いで問う。
「お前の両親は日本人だからだ。アージェデルの事を知る必要はないし、関わる理由も無い。少なくとも俺たちは、お前にはアージェデルの事は言わずに、墓の中まで持っていくつもりだった」
両親共にアージェデルに直接関係が無い以上、ソウタに伝えなかったのも当然の話である。
「まあ転移門に反応があって、お前たちが急にあれこれ手配し出した時、何となく察しはついていたが、俺は干渉しないことにした」
「お前たちが自分たちで工面した資金で、やれることをやっているのが嬉しかったし、何をしでかそうとしているのか、正直楽しみだったからな」
「俺たちは無闇に向こうの世界がこちらの知識や技術、思想で変わってしまうのは、無用な混乱を招きかねないからと、極力避けてきた」
「では何故、ソウタの行いを黙認していたのですか?」
エリの問いも当然であろう。
「俺たちの時とは事情が全然違うからだよ。生き残るためにやれる事を何でもするのは生き物として自然なことだ。ましてその原因がこちらの世界の、兄貴が、いや、俺たちがやってきたことが原因だったのなら尚更だ」
自分たちが生き残る為なら、取れる手段を全て使うのは構わないというのだ。
「一度会ってるからわかるだろうが、ゲンイチ兄貴は頑固者だから、おいそれと考えは変えない。まあそれを言い出せばタツノ家も、お前たちもそうだからな」
「だが、あえて言っておく。ソウタ、ヒトミちゃん、エリちゃん。もうカ・ナンに戻らずに、このまま日本に残りなさい。そして君たちだけでなく転移門を通れる者も全員ここに連れて来なさい。僕が生きている間は、必ず面倒は見てあげるから」
三人ともその言葉に驚きを隠せない。自分たちだけでなく、転移できる者は全員というからだ。
「年々面倒にはなっているが、蛇の道は蛇だ。戸籍も僕が何とかする。なあに、うちの従業員も実はなんだかんだで、全員アージェデルから流れてきた連中さ」
『ええっ?!』
「みんな、お前たちが何のためにあんな事やっているのか承知した上で作業に加わっていたんだぞ。次は何をするのか楽しみにしながらな」
リュウジの会社の従業員は、全員異世界人だというのだ。出身もカ・ナンに限らず、本当に各地から来ているという。
「ついでに何十人か増えても問題にはならんし問題にもさせない。だから、ソウタ、ヒトミちゃん、エリちゃん。三人ともここに逃げるんだ!自分たちの命を最優先にするんだ!」
三人とも死なせるわけにはいかないという、リュウジの気持ちは本物だった。それは三人とも痛いほどにわかる。
「でもそれは、こちらに来れない大多数の人たちは見殺しにしろという事ですよね」
「そういうことだ」
エリの問いにリュウジは断言した。
「でしたらそれはできません。最終手段ではあっても、何もしないうちに逃げたりはできません!私はカ・ナンの女王なんです!」
カ・ナンの君主として、国民全員の命に責任を持つエリには、受け入れられる提案ではなかった。
「本当に面白い子たちね」
「だろうな。それでこそ、お前たちだ。だが……」
リュウジが目配せするとティアは微笑んで頷く。そしてリュウジは三人に告げた。
「三人とも、こっちで一晩泊まって、もう一度ゆっくり話し合って考えなさい」
「私の覚悟はすでにできています!」
エリが吼えるが、リュウジは首を振る。
「だからこそなんだ。一度ここで冷静に振り返って、それから決断を下して欲しい。だから先ほど転移門は閉じさせてもらった。嘘だと思うなら今から見に行くといい」
『!!』
転移門はリュウジとティアが任意に開閉できるというのだ。
「まだ午前中だ。三人とも、特にエリちゃんは今日一日、こっちでゆっくりすごして、それから改めて明日朝に結論を聞かせて欲しい。その判断を僕たちは尊重する。それは約束するよ」
「わかりました。今日は三人でゆっくり考えます」
ソウタとヒトミは、エリをつれて退席した。
「とにかく一度、転移門まで確かめに戻ろう」
転移門まで戻った三人だったが、リュウジの言葉通りに転移門は消え失せており、洞窟の奥には岩肌だけが見えていた。
「やっぱり……」
ソウタとヒトミはともかく、エリは愕然としていた。
「とにかく今日は言われたとおり強制休日だ」
時計の針は午前10時を差していた。
「分かったわよ。折角休めって言われたんだから、久しぶりにハメを外して遊ぶわよ!」




