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第2話 いきなり就任! プライム・ミニスター その2

「いきなりでごめんね……」


「まあ、予想の範囲内だ。それよりアイツが元気そうで何よりだ」


 ヒトミが詫びるがソウタは気にする様子はない。


「エリちゃんがあんなに明るく笑っていたのは、本当に久しぶりなんだよ」


「アイツでも凹むことがあるものなんだな」


「それだけ大変だった、ううん、今も大変なんだよ……」


 今から3ヶ月ほど前。それは起こった。


 はるか東方からゴ・ズマという帝国の遠征軍が、諸国を席捲しながら、山に囲まれたこの小さな国、カ・ナン王国にも至ったのだ。

 カ・ナンに向けられた遠征軍はおよそ1万5千の軍勢。対するカ・ナンは前衛に2千、後詰めで1千5百。本土への唯一の進入口である巨大トンネルの手前で戦となった。地の利を得ているカ・ナンの防衛軍だったが……。


 案内されたホールに鎮座していたのは巨大生物の剥製だった。


「一頭だけ剥製にしたんだけど……」


「コモドオオトカゲ?いや倍以上、ゾウ並みじゃないか」


「これが一気に押し寄せてきたんだよ……」


 最前線で部隊を指揮していたのはヒトミの伯父たちだったが、瞬く間に防御を破られ蹴散らされ、無残に殺戮されてしまったという。そのまま前衛部隊は崩壊し、ヒトミが便宜上指揮を任されていた後衛部隊もパニックに陥ってしまったというのだ。


「それで……ええっと……」


 言葉が出てこないのか途切れがちになってしまったところで、奥から大柄の騎士が現れた。


「そこからは私が話そう」


「き、君は?」


「私はメーナ。カ・ナン王家の近衛隊長ラン・タ・メーナだ」


 メーナは金髪碧眼で背の高い、しっかりした体格の美女だった。メーナはまじまじと、珍しい動物を観察するように、ソウタを見回した。並ばれると、わずかにソウタより背が高いのがわかる。


「あ、あの……」 


「ふむ、失礼。貴公がソウタ、タツノ・ソウタか。先日、シシノ騎兵団長を見舞った時に、騎兵団長がうわごとで、ずっとその名を呼んでいたのだが、それが貴公だったのか」


「ふ、ふぇぇぇえ!」


「見舞ったって、やっぱりヒトミは矢傷で臥せっていたのか?!」


「ああ。先の戦で三箇所ほど射られて、矢傷が元で一月ほど意識が戻らなかったのだ」


 その話を聞いて、ソウタの顔が一気に険しくなった。


「詳しく教えてくれないか?」


「私も一部始終を見ていたわけではないが……」


 前衛部隊を破られたカ・ナン軍は大混乱に陥ってしまったが、取り乱す部下たちと異なり、ヒトミはこの状況下でも至って冷静だったという。

 そして、いつもの彼女からは考えられないほど、澄み通る凛とした声を発して直轄の騎兵部隊の動揺を抑えると、地竜を操っていると思しき術者を目掛けて、錦の旗を高々と掲げて、先頭に立って突撃したのだ。


 ヒトミには戦場の流れが、赤い点と線でその目に見えるのだと口にしていた。

 少なくとも旗の下で共に戦う者たちには、その言葉が事実だと確信させるほど、巧みに部下たちを誘導し、瞬く間に術者たちを討ち取らせた。すると地竜は勝手気ままに逃げ出し、逆に敵陣に向かって行った。


 その混乱を突いて、ヒトミは残存部隊を集めて敵の本陣を強襲。何本も矢を浴びながらも怯まず突き進み、ついに部隊は敵将を討ち取り、将を失った敵軍はあわてて撤退したという。


「あれは本当に奇跡を招き寄せる、戦神のようだった……」


 カ・ナンにヒトミが来て一年強。カ・ナンでは見られぬ乗馬用ウェアを着て、癖が強く誰にも乗りこなせないと言われたイリオスを自在に操って見せたヒトミは、カ・ナン随一の馬術の名人と称えられていた。

 だが馬術と異なり、武器の取り回しは全くできなかったので、カ・ナン王室に仕える三大家の一つ、騎兵団の長であるシシノ家の正式な当主でありながら、不安視する者は馬術を称える者と同数いたほど。

 だが、そのヒトミが、崩壊寸前だった自軍をまとめあげて、敵軍を鮮やかに蹴散らしてみせたのだ。不安を抱くものは一人として居なくなり、国難を救った英雄・戦女神として国内はもちろん周辺国からも称えられたと言う。


「でも戦いが終わってから1ヶ月近く、私、目も覚まさずに寝てたんだよ……」


 戦が終わったころ、エリが救援のために直々にメーナたち近衛部隊を引き連れて戦場に現れると、ヒトミは脇目もふらずにエリの下に馳せ参じた。身体のあちこちに刺さった矢も抜かずに。


「エリちゃん……。敵は何とか追い払ってきたよ……」


 そう報告すると、ヒトミは気を失ってエリの胸元に倒れこんでしまったという。


 こうして、カ・ナンはかろうじて侵略軍の撃退に成功した。

 だが、その奇跡の代償に受けた損害はあまりに大きかった。

 前衛部隊を中心に、全軍の指揮官級の半数以上が討ち死にしており、特に敵を撃退する功績が特に大きかった騎兵団は、起こした奇跡の代償に大半が戦死して、残された戦力は1/4以下に成り果ててしまったのだ。


「私、あの時はこれしかないと思ったんだけど……。他に方法があったんじゃないかって、きっと他にもっといい方法が……」


「騎兵団長、あの時はあれ以上の方法などあるはずが無い。あまり無闇に己を責めるのはあの時命を落とした者たちへの侮辱にも繋がるぞ」


「ありがとうございます……」


 そんなヒトミが意識を取り戻したのはつい先日。目覚めた彼女が知ったのは、シシノ家の有力な男子が軒並み戦死してしまったこと(婚約者に決められていた従兄弟も伯父と共に戦死していた)。

 そして、長年カ・ナン国を支え発展に尽力し、エリの祖父も同然だった宰相ワジーレが心労からか、病に倒れあっけなく死去してしまった事だった。


「騎兵団長が意識を取り戻したのが数少ない慰めだったが、あの時の陛下は本当に悲痛な顔をされていたのだ」


 昔のエリしか知らないソウタには、なかなか想像が付かなかったが、状況を聞けば納得するしかなかった。


「だからね、私はエリちゃんにソウタくんを呼ぼうって提案したの」


 過疎の小学校に通っていた頃、三人で一緒に野山で遊んでいた。

 無茶苦茶なことを言い出して引っ張るのがエリで、ソウタはその無茶苦茶をあの手この手で必ず実現の用意をしてきた。ヒトミは基本的に振り回されるポジションだったが、最後まで投げ出さずあきらめずに踏みとどまって決定打になっていた。


「あの頃とは全然スケールは違うけど、本質的には何にも変わってないよ。だったらやっぱり三人揃っていれば大丈夫だって。そう思ってエリちゃ……陛下に呼びに行く許可をもらったの」


「O.K.わかった。事情はな」


「貴公は陛下の幼馴染というが、今は何をしているのだ?」


 問い質すのはもっともな話である。いくら女王から信頼される幼馴染であっても、国を任せるのだから何者なのか知ろうとするのは当然だからだ。


「俺は学生だよ。大学の、ね。専攻は経済学だ」


 大学生とは言ってもソウタが通っている大学は、いわゆるFランと呼ばれる程度の大学だ。

 だが、この世界、少なくともこのカ・ナンとその周辺国にとっては、大学といえば余程の貴族か各国の王族、あるいは平民であっても、とてつもない俊才と認められて学ぶことが許される、学問研究の最先端であり、将来の栄達が約束された者たちが集う将来の有力者の社交場でもあった。そして現在、カ・ナン出身で大学に進んでいる者は皆無ともいう。


「なるほど、貴公は大学生だったのか。それでケイザイとはいかなる学問なのだ?」


 言語は翻訳できるが、概念が存在しないものまでは訳されないようだ。


「経済は“経世済民”。即ち“世を治め、民を救う”の略語だよ」


 現代の経済の意味ではなく古典的な意味なのだが、ソウタはあえてこの用法で説明した。


「貴公は世を治め、民を救う学問を専門に修めているのか。それならば陛下が貴公に委ねた理由が分かった」


 ソウタとしては我ながら余りに胡散臭い説明だと思っていたが、メーナはそれで納得できたようだった。


「とにかく我が国は危機に瀕していて人さえ足りぬ。貴公には期待させてもらおう」


 恭しく礼をしてメーナは立ち去った。


「大学生って肩書き出すだけで、それなりに納得してもらえるのはありがたいな」


 それだけここは高等教育に価値がある世界という事なのだ。


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