第14話 確認事項 その4
抱擁する二人を見て驚愕していたヒトミだったが、エリのその言葉に後頭部をこん棒で打ち据えられたような衝撃を受けた。
「お、お前、何を言ってるのかわかってるのかよ?!」
「今までのお礼と、私の気晴らし。あんまり深刻に考えなくていいけど、もし本気になってくれるならそれもいいかな……」
「……」
月の光に照らされたエリの表情は今まで見たことがないほど穏やかで弱々しくて、そして気高く美しかった。
「気晴らしっていうなら……わかった」
意を決したソウタはエリの肩に手をまわして手繰り寄せる。
身を任せたエリは顔を軽く上げてそっと目を瞑る。
ソウタはギリギリまで目を開けて距離を詰めて、外しようがないほど、互いの荒れた呼吸が触れ合う距離まで詰める。
だがソウタはガチガチに緊張してしまい、硬直したまま身動きが取れないでいた。
「もう、いつまで待たせるのよ!」
『!!』
しびれを切らしたエリが一気にソウタの唇を奪った。ソウタにとっては初めての経験でもあり、エリの香りと鼓動と柔らかさ、そしてとろけるような甘さに、頭が一気に痺れてしまった。
「んっ」
「んんっ」
しばらく重ねているうちに徐々に頭が回るようになってきたソウタも、ゆっくりと目を瞑り力の強弱をつけはじめる。
するとエリは少し目を開けて、ソウタが目を瞑っているのを確認すると、少し口を開いて、自分の舌をソウタの中に浸入させてきた。
「!!」
エリの舌がソウタの口内の、彼の舌を軽く舐る。これにはたまらずソウタは口を離してしまう。二人の間にわずかな時間、糸引く橋がかかっていた。
「お、お前何やって?!」
「ディープ・キスってやつよ。一度やってみたかったのよ!」
昔よく見せた仕掛けが大成功した時の子供じみた笑顔を浮かべるエリ。
「お前なぁ、俺、今のが初めてだったんだぞ!」
「初めてぇ?!なによそれ。アンタあの時のこと……、あ~、確かに覚えてないか」
「?」
「ま、とにかくこの歳までキスの経験無しって、どうなのよ!」
「し、仕方ないだろ。そういうことする相手も機会もなかったんだから……」
「呆れた。身近にいくらでもあったってのに気付かなかったっていうの?これだからニブチンは……」
「お前、小学生までしか一緒じゃなかっただろ」
「中学高校とどうだったかは、ヒトミから聞いてるわよ。相変わらずだったんでしょ二人とも」
「あ、ああ」
「まったく……」
ソウタの対応に呆れて溜息をつくエリ。
「さ、今夜はここまで。あ、言っておくけど、今夜のことは他言無用で、一回こっきり後腐れなしだからね。あ、でもまた私が欲求不満になったら相手してもらおうかしら?」
「お前なぁ……。まったく。じゃあお休み」
「お休み~」
頭をぶんぶんと振って、ソウタは部屋を後にした。
「……」
ヒトミが途中で飛び出てくるだろうと思って、挑発的に行動をエスカレートさせていたエリだったが、まったく止めが入らなかったので、自分でも驚くほど大胆なことをやってしまっていたのだ。
ゆっくりと唇を指でなぞって、ソウタの唇に触れた感触と、直接舌で味わったソウタの味を口の中で反芻して飲み込んでしまう。
その時、何かがゴトリと倒れる物音がした。
「?!ちょっとヒトミ!?」
はたと我に返って隠し部屋の鏡を開くエリ。
そこには力なくぐったりと壁にもたれかかって、光の消えた瞳で滔々と涙を流し続けるヒトミがあった。
「ちょっと!?そんなことになってて、どうして止めに出てこなかったのよ!」
「だってエリちゃん、いいって言うまで出てくるなって……」
「そんなに辛いんだったら出てきて止めなさい!私だって本当はソウタ相手に、あそこまでする気なんて無かったのよ!」
「でもエリちゃん、女王さまになってからずっと辛そうにしていたから……。それにエリちゃんは好きでもない人にあんなことできないし、しないもの……」
「っ、だからってあなたはどうなのよ?!こんなひどい顔して!」
「わたしは、私はぁぁ!!」
そのまま泣き崩れてしまうヒトミ。
「ヒトミったらまったく。もう、そんな顔して外に出すわけにいかないし……。」
結局エリは、この夜、ヒトミを隣で寝せることにした。
「ヒトミ、前も言ったけど、ソウタもあなたも私に付き合う必要は無いのよ」
「……」
「あとヒトミの家の事、私も聞いてるわ。だから本気で嫌だと思うんだったら、無理しないで、こっちの事は投げ捨てて日本に帰っていいのよ」
「……。でもエリちゃん……。もう日本には私の帰る場所なんて……」
「たった二年離れてただけじゃない。それにその為のソウタなのよ。アイツ、まだフラフラしてるけど、押しに弱いのは昔っから変わってないから、一度きちんと自分の気持ちをぶつけなさい」
「……」
ヒトミは返事をしなかった。エリもそれ以上は言わず、そのまま眠りについた。
一方、屋敷に戻ったソウタは、エリの感触と口に入れられた味を忘れることができずに、ベッドの中でしばらくのた打ち回っていた。
「おはよう」
翌日。ソウタは王宮でばったり出くわしたヒトミに、いつものように朝の挨拶をした。
「お、おはよう……」
だが、この日のヒトミはいつものように明るく返事をせず、目も合わせずに逃げるように立ち去ってしまった。
「?」
昨夜のエリとの逢引を、ヒトミが見ていたとは露ほども気付いていないソウタには、ヒトミが自分を避けた理由が全く分からなかった。
さらに数日後。日本で資料や資材の調達があるので、いつものようにヒトミに同行を依頼したのだが、用事があるからと拒否されてしまう。
「ヒトミに来てもらった方が色々助かるんだけど」
「わ、私はこっちで専念しなきゃいけないことがあるの!ど、どうしてもだったら、リンさんでいいんじゃないのかな」
「んー。O.K.わかった。抜けられないなら仕方ないな……」
ヒトミがソウタの誘いを断った事を知ったエリは、即座にヒトミを呼び出して叱責したが、ヒトミはただ平謝りするばかり。
数日後。日本から戻ってきたソウタは、ニライにほとんど滞在せずにそのままセキトに向かう。
今回はイコエ・トウザとしてではなく、宰相としての公式訪問だったのだが、ヒトミは要請があったにも拘らず、これにも同行しなかった。
「呆れたわね。本当に誰かにソウタを取られても知らないわよ!」
「……」
ヒトミはせめて見送って来いとエリに命じられて、愛馬イリオスを全力で走らせたが、この日の一行は移動が早く、追いつくどころか後姿さえ見送ることができなかった。
あきらめて大トンネルから後戻りする。
「私、何やってるんだろう……」
はらはらと止め処なく涙を零しながら、ヒトミはニライへの帰路を駆けていった。




