第1話 雨の夜の訪問者 その5
翌朝。窓から差してきた朝日を顔に浴びて目を覚ますソウタ。
顔に他人の髪の毛が一本かかっていたが、栗色でソウタより長かったのでヒトミのものだろうか。
頭があまり回っていなかったので、特に気に留めずに起き上がる。
部屋の外からは、みそ汁が煮える音と香りが漂ってきた。
ヒトミが調理した朝食は、ご飯とみそ汁と目玉焼きと塩鮭の切り身を焼いたもの。
料理を見て、口に運んで、噛み締めて、飲み込んでと、都度都度感激しているヒトミを見て、改めて彼女が大変な目にあっていたのだと思い知らされる。
さらにあの鎧や鎖帷子だけでなく、衣類乾燥機から出してハンガーにかけてある彼女の服が、今日日の日本ではまずお目にかかれないようなシンプルなデザインと材質というのが、彼女がどんなところから帰って来たのか想像を難しくさせる。
「卵焼き、相変わらず上手だな」
朝食に手作りの卵焼きを食べるのは何年ぶりだろうか。親が亡くなって以来かもしれないなと、ヒトミに卵焼きの出来をほめながらソウタは思う。
「あ、ありがとう……。久しぶりにお料理作ったから、ちょっと不安だったけど」
「ああ。少しも落ちてないと思うよ」
ヒトミは昔から、余裕があるときは料理を作っていたはずだがと思い至るソウタ。
「本当に、来てくれるの?」
朝食を共に摂りながら、ヒトミは弱々しく尋ねてくる。
「ああ。お前とエリが助けてくれって言うなら、助けに行くに決まってるだろ」
ソウタは表情一つ化せずに味噌汁の中の豆腐を口に放り込んだ。
朝食後、ヒトミは乾かした服を着て、一緒に悪戦苦闘しながら鎧を再び装着させる。
「場所は指示してくれ」
軽自動車にヒトミを乗せて指示された場所に向かう。外国に出ていたはずのヒトミだが、連絡を寄こした場所が近隣の公園で、方向も空港や海側とは真逆の山間部側だった。
とかく疑問は尽きないが、昨夜あえて聞かなかった事を尋ねてみる。
「鎧にも、鎖帷子にも、穴が開いていたよな」
「……。大丈夫だよ。もう、治ったから」
「そうか……。なら、いいんだ」
そこで互いに言葉が途切れた。ソウタもそれ以上踏み込む気にならなくなっていた。
誘導に従って車を走らせると、空港や港ではなく、見知った山の奥に入っていく。
「ここ……なんだよ」
たどり着いたのは、山に少々入った先の、もう使われていない大きな倉庫がある場所だった。
「たしかここは昔来たことあったよな」
「うん。ここはうちの土地だから」
倉庫の戸を開けると、中には何も置かれておらず、とかく広々としていた。いや、奥に見慣れない扉がある。
「この先に?」
「うん」
扉を開けるとひんやりした空気が流れる洞窟につながっていた。
(さて、どんな展開が待っているんだ?)
洞窟から10メートルほど進むとすぐに行き止まりに。
「行き止まりみたいだけど?」
するとヒトミは行き止まりの岩壁に手を当てる。すると手が触れたところから、光が水の波紋のように広がる。
「門は開いているから先に行けるよ。ついてきて」
ヒトミはソウタの手を引いて光る壁に入っていく。一瞬、重力から解き放たれたように身が軽くなったと思ったら、再び重力のある地面を踏みしめている。
「やっぱりソウタくんも大丈夫だったんだね」
「大丈夫だった、って?」
「うん。この転移門は、誰でも通れる訳じゃないんだって。通れるのはすごく限られた人間だけで、他の生きている動物や植物もダメなんだよ」
「そ、そうなのか……」
ヒトミが進むのでついていくソウタ。洞窟を抜けた先に広がっていたのは、今までの日本とはまるで違う異世界だった。
「マジかよ」
空気の匂い、乾き具合、天候、何もかもが違う。
「キョエエーー」
上空を飛んでいるのは四枚の翼をもった始祖鳥のような外観の鳥らしい動物だった。
「あの……信じられないと思うけど……」
「いや、信じる信じないはもういい。俺は何をすりゃいい?」
「ソウタくん、お願い!!私についてきて!」
ソウタは無言で、しかし力強く頷いた。