第13話 赤銅の都 その5
飛び出してきた薄汚い腕から、勢いよく手斧が投げ放たれた。
「ちぃぃ!!」
メリーベルは酔って上気していたとは思えないほど俊敏に左手でテーブルの脚をつかむとテーブルを盾に、右手でソウタをベッドの反対側に跳ね落とした。
飛んできた手斧はテーブルに鈍い音を立てて突き立つ。そしてテーブル上にあったボーディの瓶は床に転がって中身を撒き散らし、グラスは砕けて散った。
「何者だい!」
メリーベルは太ももに仕込んでいた鉄扇を片手に握って侵入者に相対する。
「俺が青狐のゴロド様よぉ!」
ソウタはベッドから頭を上げて襲撃者を見た。
汚くとっちらかした頭と髭、雑巾のようにボロボロになった衣服をまとい、ハンマーと海賊刀を握りしめて、獣のような目つきでこちらを、メリーベルを睨んでいた。
「てめぇらのせいで、ようやく手に入れた俺の海賊団は壊滅し、生き残った連中は俺を見捨てて逃げやがった!いままでドン・ゴロ相手に這いずり回ってようやく手に入れた俺の国を、あっけなく叩き潰しやがって!まずはアマぁ、てめぇを八つ裂きにしてやる!」
キツネというより黄泉から這い上がってきた狼のようなゴロド。
だが、それ以上に殺気を四方八方にまき散らしていたのは、メリーベルだった。
燃え滾る怒りで真っ赤な髪を獅子の鬣のごとく逆立て、目は眼光で岩をも打ち砕かんほど圧力を放ち、黒絹のように柔らかい肌の内側から鋼のような筋肉が浮き上がっていた。
「っ!!ざっけんなゴミクズがぁ!!」
ゴロドが仕掛けるより先に、正に雷光のような速度でメリーベルはゴロドが海賊刀を握っていた右手首を鉄扇で打ち据える。すると薪が割れるような乾いた音が響いて、ゴロドの手首があらぬ方向に折れ曲がり、その手から剣が転げ落ちる。
「ぎぃぃ!」
もう片方で握っていたハンマーを落として、思わず腕を抑えようとしたゴロド。
だがその隙を見逃すメリーベルではない。続けざまにゴロドの頬にめがけて鉄扇を一撃打ち込む。
するとゴロドの顎の骨は粉々に粉砕され一部が引きちぎれて床に転がり、ついでに頭も強引に90度向きを変えてしまった。
「よくも、よくもぉ!」
メリーベルは前のめりに倒れたゴロドの左腕を、サンダルを履いた右足で思い切り踏みつける。その腕は枯れ木の枝のように、バキンとへし折れた。刹那にゴロドの乾いた悲鳴が上がる。
「待ちに待ってたこの瞬間を、よくもよくもよくも台無しにしやがって!」
次に踏みつけたのはゴロドの股間。グシャリという粉砕音の直後に、もはや人ではなくなってしまった甲高い悲鳴があがる。あの様子だと、睾丸はおろか骨盤まで粉砕されたのであろう。
メリーベルは力なく痙攣するゴロドの頭を掴んで窓まで引きずってくる。
「消え失せやがれ!」
そのまま、メリーベルは三階からゴロドを投げ落とした。鈍い音が下から聞こえると、ようやく異変に気が付いたのか下が騒がしくなってきた。
「終わった、のか……」
ようやく頭が回りだしたソウタは立ち上がった。他に襲撃者が来ている気配がないのを見るに、ゴロドは本当に身一つで自分たちに復讐しに来たのだと理解した。
「……。メリーベル?」
窓の下、メリーベルは小さくうずくまって肩を震わせていた。
「やぁっと、ここまで待って……、仕掛けたってのに……」
優しく肩に手をのせると、彼女は振り返ってソウタのほうを見た。
「閣下ぁ、ごめんよぉ……。こんなことになっちまって……」
彼女はまるで幼子のような泣き顔を浮かべていた。
メリーベルとしてはソウタに仕掛ける機会を伺い続けて、ようやく満を持して、だったのだろう。
盛り上がってあと少しというところで、無粋にもほどがある邪魔が入って台無しにされてしまったことに、酒の回りもあってか、今まで奥底に封じてきた純真さが表に出てきてしまったのだろう。
「お、お客様!お怪我はありませんか!?」
ようやく宿の主人が異変に気が付いて駆け込んできた。
部屋にいたのはソウタ一人。いや、メリーベルはベッドのシーツを被せて隠していた。
ソウタは階段を駆け上がる音を聞いた直後に、夜の闇の下であっても泣き顔になっている彼女の顔を他人に晒すまいと、シーツをかぶせて身を隠してあげたのだった。
「あ、ええ、大丈夫です。怪我はありません」
警備の兵も宿にやってきたが、真っ先に地面に叩きつけられていたゴロドを捕縛した。
直後に上がってきた警備兵の隊長には、ゴロドが襲ってきたが、向こうも動転していたのか動きがおかしく、投げ飛ばすとそのまま窓から落ちてしまったと説明した。
隊長はその説明に感心すると、部下たちにゴロドが残した武器だけ拾わせて、ゴロドの身柄共々すぐに立ち去ってしまった。
「お客様、ご無事で何よりでしたが、この部屋はもう使えません。すぐに他のお部屋を用意いたします」
何度も深々と頭を下げて謝罪する宿の主人。ソウタは気にしていないと告げると、他の部屋が用意できるまで待ってほしいと言って、一階に降りてしまった。
「メリーベル、どうする?」
振り返ると服を着て、表情も整えたメリーベルが力なく立っていた。
「さすがに退散するよ。こんな騒ぎになっちまったし……」
そもそもこの宿へは勢いで入ってきたので堂々と表からは帰りにくいらしく、静かに窓から降りるようだった。
「じゃあメリーベル、おやすみ」
「タツノ宰相閣下、私の見苦しい姿、庇ってくださってありがとうございました!」
珍しく心底上官に対する礼をしたメリーベルは、静かに窓から去っていった。




