第13話 赤銅の都 その2
出港の前夜、クブルの要人たちが多数参加する盛大なパーティが催された。
連日の会談や視察で、出席した有力者の顔を随分と覚えていた。この繋がりはきっと無駄にはならないだろう。
一通り挨拶と会話を済ませ、ソウタは翌日出港に体調を合わせねばならないからと、宴の半ばで、一旦庭先に出る。
夜空を見上げて星を眺める。あらためて日本で見る星の配置とはまるで違うと気付かされる。
「夜空を眺めておいでですか?」
南国の花々のように鮮やかな色彩のドレスをまとったアンジュが声を掛けてきた。
「ああ。故郷の空とはやっぱり違うなと思って」
手にしていたのは星図盤。以前にナタルが持っていたものとは異なる、ソウタが先日自分で購入したものだった。
「北極星の位置も違うんですね、タツノ・ソウタさま」
ソウタに肩を寄せて星図盤を覗き込むアンジュ。
「悪いけど、その呼び名は隠してくれないかな……」
「申し訳ありません。今なら誰も聞いていないと思って油断してました」
幼子のように笑うアンジュ。
「では今後は如何なる場所でも貴方の事はトウザさまとお呼びしますね」
「ああ、ありがとう」
以降、アンジュは終生ソウタの事をその名で呼ぶ事になる。
「トウザさま、星といえば、昨年東方から画期的な天文図が流れてきました」
「もしかして、エ・マーヌから来たのかな?」
「はい。エ・マーヌの宰相が著者と記されていました」
天文図は、この世界では未来を見通せるという星占いの基礎として重宝されていただけではなく、航海の際に自分たちの位置や向かう方角を知る為に必要とされている。
アンジュも船団を率いて通商を行う立場のため、それらには高い関心を持っており、購入に資金を惜しんでいなかった。
「天文図の事がありましたので、エ・マーヌについても調べてみましたが、すでに彼の国はゴ・ズマによって滅ぼされ、宰相のアユムも行方不明になってしまったとか」
「ああ。エ・マーヌのナタル姫をカ・ナンで保護しているけど、彼女以外の王族は全て行方不明なんだ」
何気なく夜空の星に手を伸ばす。
偶然迷い込んでしまったこの世界で、内政を整えながら趣味の天体観測で、未知の世界の天文図を自分の手で開拓していく気分はどんなものだったのだろうか。
そして志半ばで圧倒的暴力に押しつぶされて退場させられた時に彼は何を思ったのだろうか。
「もしエ・マーヌのアユム宰相が健在なら、あれ以上の天文図を世に送り出せていただろうと思うと、悔やまれてなりません」
「ああ。まったくそうだ。本当にそうだ」
長期的な改革・発展より、眼前のゴ・ズマの侵攻に備えた強兵と目先の国力増強しか行えていないソウタは、漏れ聞く先人の活躍と顛末に様々な思いを巡らせる。
そして彼についてナタルが語っていた時の表情を思い出す。
「そのアユムという方は、トウザさまと同郷の方なのでしょうか?」
「おそらくそうだろうね。帰郷した時に気になって情報を収集したけど、それらしい人が居たことは判明したから……」
ソウタは興信所に依頼して、アユムと呼ばれた人物について調査していた。
結果、彼のフルネームがイズミダ・アユムだということ。当時の新聞に、彼が登山中に消息を絶ったと顔写真が掲載されていたこと。そして彼が未発見のまま数年前に両親ともに亡くなってしまった事を突き止めていた。
それらが判明したので、新聞の切抜きと他に入手できた彼の写真をナタルたちに見せたところ、口々にその人物がアユムで間違いないと断言。
そのため先日、ナタルを連れて彼の故郷を巡り、彼の両親の墓参りに出向いたのだった。
墓参りの際、ナタルはアユムを生み育ててくれた事に礼を言い、彼がエ・マーヌに来ていた事を示すため、彼の愛用していた天体望遠鏡を掘り込んだエ・マーヌの銅貨を一枚納めたのだった。
「トウザさまは自由に故郷とこちらを行き来できるのですね」
「うん。カ・ナンと繋がっているからね。往来できる人は限られてるし、持ち込める物の大きさも制限があるけど」
ソウタは日本についてアンジュに語る。今ソウタが行おうとしている事の未来の姿を語る言葉を静かに頷きながら聞き込んでいた。
「トウザさま、この国はどうでしたか?」
話を聞き終えて、アンジュが尋ねてきた。
「君のお陰で、悪い気分にはならなかったよ。本当にありがとう」
「あ、ありがとう……ございます」
素直な感想を伝えると、素直な反応が返ってきた。
「トウザさま……、いっそこの国で、お暮らしになりませんか?決して不自由はさせません!」
夜露に濡れて光る可憐な花のように柔らかで愛らしい乙女が、心からソウタを案じて身の振り方を提案してきた。
「そういう訳にはいかないんだよ……」
諭すような口調のソウタ。
「ゴ・ズマは恭順した国はそのまま安泰とされ、一度でも歯向かった国は徹底的に滅ぼすと聞いています。そしてカ・ナンは一度歯向かっています。でしたら、カ・ナンに居続けるのは危険です!」
アンジュは心の底からソウタの身を案じていた。
「それはできないんだ。俺の大切な幼馴染が二人ともカ・ナンに居る。俺も国を捨てるように説得したけど、それだけは聞けないって突っぱねられたんだ。だから俺もカ・ナンを見捨てるわけにはいかない。相手が何者であっても」
覚悟を語るソウタ。アンジュは思わず涙ぐんでしまう。
「羨ましいです……。貴方にそこまで言わせる相手が。カ・ナンという国が」
「一度、来てみるかい?田舎だけどさ」
ソウタの誘いにアンジュは笑顔を浮かべて答えた。
「はい。今後の取引先になりますから!」
こうして、ソウタたちが戻る船団に、そして使節にアンジュもバンドウ家の代表として同行することが正式に決まった。




