第10話 カ・ナン王国宰相のとある一日 その5
ズマサを出たソウタが自分の屋敷に帰宅したのは日没後だった。
「おかえりなさいませ閣下」
屋敷の入り口で執事が出迎えてくれる。
「ありがとう」
駆け寄ってきた使用人が馬車の戸を開けてくれたので、そのまま降りる。リンの宿舎も屋敷の傍なので、彼女も同時に降りた。
「閣下、それではこれにて失礼します」
「ああ。また明日」
リンは執事にも一礼する。執事もまた丁寧に礼を返す。リンは前宰相ワジーレの養女であり、執事とはその頃からの付き合いだ。
「リンは有能で気が利くから本当に助かってるよ」
「リンさまもご立派になられました……」
聞けば彼女の教育のいくつかは彼が施したという。
「閣下、湯の用意ができております」
「ありがとう。相変わらず気が利くね」
「そう言って頂けると光栄です」
ソウタがこの屋敷に来てほどなく、ソウタの要望で浴室が改装されていた。
ソウタは組み立て式の露天風呂セットを持ち込み、それを参考にして薪炊きの風呂を作らせたのだ。
その湯船は、いわゆる五右衛門風呂のような真下からの直火炊きではなく、湯船に繋がった金属製のパイプを介して水を加熱する方式で、あえて檜風呂のような全木製にした。
浴室の床も石畳の上にスノコを敷き詰めている。
水は水道の貯水槽からだが、水を張るために樋を渡したので、都度手持の桶に水を満たして運ぶ手間を省いていた。
「ソウタ、家にお風呂作ったんですって?!」
完成を報告すると、すぐにエリが入りたいと言い出した。
屋敷は大騒ぎになったが、翌日には受け入れ準備が整い、早速エリが入浴したのだった。
「ああ~~。やっぱりお風呂はいいわ~~♪」
カ・ナンに来て以来、久しぶりの湯船をエリは心の底から堪能していた。
「ヒトミは良かったのか?」
様子を見に来たヒトミに尋ねるソウタ。
「私はソウタくんの家でお風呂に入ってるから……」
とはいえ、女王の残り湯がもったいないからと男の臣下が使うわけにもいかないので、ヒトミにも入浴させる事に。
「ソウタくんのところのお風呂、木の香りが気持ちいいね」
そんなわけでこの日は二人が帰ってから水を入れ替えて沸かし直したが、やはり湯船はいいものだと痛感した。
なお久しぶりの湯船での入浴を堪能したエリは、早速王宮にも同様の浴室の設置を命じたのだった。
ともあれ、ソウタは帰宅したら最初に入浴をする。
湯の温度は設置した温度計を見るに40度丁度。手足を思い切り伸ばして、一日の疲れを選択して洗い出す。
「やっぱり風呂は体と魂の洗濯場だな……」
風呂から上がってしばらく落ち着けてから夕食になる。
日がとっくに落ちているので、植物油を燃料にしたオイルランプの明かりの下での食事となる。
「いただきます」
メニューは鳥肉のパイ包み焼きと四種類の豆と貝のスープ、葉物と根物の酢漬など。
肉や魚が出される頻度もそうだが、貴重な酢を使った漬物などが日常的に出されるのは、小国であろうと宰相という役職に就いていればこその待遇だ。
飲み物は白色の透き通った果実酒が出された。
果実酒はブドウとブルベリーの中間のような味の果実を醸造させて作ったもの。
原酒はアルコール分より甘みのほうがかなり強いので、甘さを和らげて口直しに用いるために水で割って飲むのが主流。
この果実酒も料理人の手で水割りされていて、酔う為でなく飲む為に最適な配合になっていた。
ソウタは屋敷には一ヶ月に10日程度しか宿泊しないので、料理に腕と金が注げますとは料理人の談だが、それだけに美味である。
食後にドライフルーツで口直しして歯を磨き、部屋に戻る。
「やれやれ、と……」
自室は戸を開けると板張りの上に無地の灰色のフェルトを敷いた床になっている。
そこに靴を脱いで上がると壁に掛けていたスイッチを入れる。すると屋根に吊り下げていた照明が点灯した。
「科学技術さまさまだな……」
ソウタは自室に電池式のLED照明を取り付けていた。
蓄電池は日当たりのよい場所に設置したソーラーパネルと、曇天・雨天でも対応できるキャンプ用のストーブ発電機も持ち込んでいたので、電池の寿命が尽きるまで照明用の電力は確保している。
「ロケットストーブとスターリングエンジン組み合わせて発電機作るのもいけるかもな……」
ソウタのタブレットには、カ・ナンの国作りに役立ちそうな様々な情報を、とにかく無造作に押し込んでいた。ゆっくりと内容を精査して、日本に戻ったときに調達するのだ。
他にもエリからもらった、カ・ナンの文字と日本語に対応した手作りの辞書というよりノートを見ながら勉強している。
エリは頭がよく、カ・ナンで女王にならずに日本で進学していれば有名国立大学も難なく通っていただろうと彼女のノートを読みながら痛感するソウタだった。




