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第10話 カ・ナン王国宰相のとある一日 その4

 サナは幼い頃からマサトから主に算数の知識を教えられ、カナコからはこの世界で生き抜くための強かさと、色々な技術を仕込まれた。


 そしてサナの“体が整う”と、カナコの指示で客を取らされたという。


「自分で稼げるようになったら、食わせた分は稼いで払えって前々から言われていたからね。覚悟はできてたよ」


 こうしてカナコに言われるままサナは遊女になった。


 とはいえ最初の客は地元の富豪で、金払いは実に良かったという。以降もカナコはサナに相手させる客を吟味して、怪しげな客を相手させることは無かった。


 そして遊女になると同時に、カナエはサナに性に関する知識を叩き込んだという。それはオギノ式などの、地球で開発された方法に間違いなかった。


「マサトだけじゃなくカナコ師匠も師匠なりに私に英才教育ってやつを仕込んでくれたんだよ。お陰で私は他の大勢みたいに惨めに使い捨てられずに済んだんだから」


 こうしてサナは、カナコとマサトの店の新しい稼ぎ頭となったが、そのまま順調には行かなかった。


「五年ぐらいした真冬にマサトが流行り病で死んじまったんだよ。随分手は尽くしたんだけどね」


 マサトが倒れると、カナコはそれまでの貯蓄を使い切るほど手を尽くしたというが、その甲斐なくマサトは落命してしまったのだ。


「私も大泣きしたけど、カナコ師匠はぶっ壊れちまったんだ。限界超えちまったんだろうね」


 カナコとマサトには肉体関係はあったようだが、日頃はそれらしい気配は無く、正式に結婚することも無かった。


 さらに仕事上でも対等もしくはカナコが主導していた事もあって、サナの目には互いに対等なパートナーの関係に見えていた。


 だがカナコにとってマサトは苦しみながらも共に生き抜いて残った最後の同胞で、口にも態度にも表さなかったが、唯一縋った希望だったのだろう。


 そのマサトが死んだ事で、とうとうカナコの心は砕けてしまったのだ。


「葬式終わっても仕事放り出して大泣きするか酒飲んでるかでね、そしたら一月も経たないうちに師匠も衰弱して死んじまったのさ」


「だからマサトと同じ棺桶に入れてやったよ。で、それから少しゴタゴタしたけど、私が跡を継いだってわけだよ」


 こうしてサナは二人の後を継いで女主人となった。


 サナの店はカナコの方針を継いで、雇ったり買い取った女性たちの体調や周期を管理して、できるだけ病気や妊娠を避けて長く稼げるように運営しているというので、遊女たちからの評判は良かったという。


 そしてメリーベルと知り合ったのもこの頃だった。


 生き抜くのもやっとな厳しい世界を女が身一つで渡っていくという似た境遇に置かれていた二人は、出会ってすぐに意気投合したのだ。


「そんな訳だよ旦那。アタシが保障してやるからさ、サナの店、使ってくんねえかい?」


 ソウタは無言で頷いた。


 そういった経緯でカ・ナンに入国し、ズマサに拠点を構えたサナは、他に大した競合相手も無かったので、早々と有力者に、特に色事に関しては事実上の元締めとなった。


 そして彼女はカ・ナンの医師たちの教えを正確に理解して“従業員”たちに、より稼げるよう指導しているという。


 この事を知っているのはソウタ以外はメリーベルだけだが、ともあれ懸念していた事態は完全では無いにせよ、おおよそ避けられそうな様子だった。


「閣下、このズマサは、今までのカ・ナンとは全く違う町になりましたね」


 庁舎を出て、繁華街を馬車で足早に通過しながらリンは感想を述べる。


 この通りは派手な色と装飾が施された店が並び、出歩く人の姿も負けず劣らず派手な者ばかり。それを見たリンの声には戸惑いの色が滲んでいた。


「確かにそうだね。でも、人を、特に男が極端に多く集まると、どうしても必要になってくるんだ……」


 清浄なカ・ナンにはあまりに異質な町の、さらに極端な場所なので、地元の者、特に女性が戸惑うのは事だろう。


 だが清いだけでは生きられない者も多く存在するのが人間なのだ。


 そしてその世界で生きざるを得ない人はどんな土地にも、いつの時代にも存在してる。


(あれでよかったんだろうか……)


 ソウタはサナの両親たちがどこから流れてきたのか、日本に帰った際に調査して特定していた。


 該当と思しき若者たちの集団行方不明事件が発生していたのは約30年前の事。行方不明者の中に、サナが挙げた三人の名前があったのだ。


 すでに身内も散り散りになっていたので、遺族を探し当てる事はできなかった。


 やむなく彼らの母校の傍にあった楠の大木の根元に、サナの親たち三人の毛髪を埋めたのだった。


 ソウタはサナに頻繁に会うメリーベルに、そこで撮影した写真を託していた。


「そうかい……。ここからお袋たちが来たんだね……」


 やはり二人とも故郷に帰るのを夢見ながら、故郷がどんな場所だったのかを時折サナにも語って聞かせていたという。


「別に向こうの世界に興味は無いけどさ、弔ってくれて感謝するよ」


 サナ本人は、日本に対して興味は無いが、望郷の念を抱いたまま客死してしまった親たちが、遺品だけでも故郷に送り届けられた事を感謝していたという。


「そんな訳でサナからは、旦那が店に来たら儲けと弔いのお礼に、何でもタダでサービスしてやるって言付けされたよ。お望みなら店を丸一晩貸し切って、酒は飲み放題、女は上物だろうと抱き放題で、何ならサナも好きにしていいんだとさ」


「……」


 男にとって全く持って垂涎の申出だが、場所が国外ならまだしも、カ・ナン国内でそれを受けるわけにはいかなかった。


 もし話が広まれば自分はともかく国の名誉に傷が付きかねないからだ。


 丁度、サナの店の前を通過する。


 酒場の方も宿の方も日中なので閉まっているが、酒場はともかく宿の方は朱色の派手な格子を据えた、この町で最も大きく立派な店構えになっていた。


「この分だと、こっちに来てしまった人はもっといるんだろうな……」


「閣下?」


「あ、ああ。独り言だよ」


 日が傾いてきたからか、逆に店の中からや、道行く人の往来が激しくなってきたようだ。


 この町の稼ぎ時は日が沈んでからなので自然ではあるが。


 馬車が町から出ようとした時、屈強そうな男一人と数人の女性の一行と擦れ違った。


 女性の一人はサナだった。馬車は外から中が見えないようになっていたが、サナは馬車の中に誰が乗っているのか知っていたのだろうか、恭しく一礼した。

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