第10話 カ・ナン王国宰相のとある一日 その2
練兵場に到着すると、午後の訓練が始まっていた。
行進する兵たちは、全員統一された制服と帽子を着用しており、さらに行進の足並みが随分揃うようになっている。
さらに彼らが手にしているのは物干し竿ではなく、先端に鋭い穂先が付いた立派な槍になっていた。
「閣下、ようこそおいでくださいました!」
騎乗した指揮官が出迎えてくれる。
「早速、使ってくれているようだね」
「ええ。閣下が手配して下さったお陰で、全ての兵たちに制服と長槍を支給する事ができました」
制服については生地はこちらで調達だが、足踏みミシンを導入し習熟させたので、驚くほど作成が早くなっていた。そのため、当面必要な数の制服の作成は完了し、配布を終えていた。
そして槍だが、ソウタがこの時までに日本から持ち込んだスチール缶が材料になっていた。
持ち込んだスチール缶はすでに300トン以上。このスチール缶を用いて真っ先に槍を作成したのだが、こちらの配備は一段落している。
現在はその鉄を使って、ナイフやトマホーク、そして携行シャベルの作成を進めていた。
これらを配備したのは工具と接近戦への備えが兼用できるからであり、村でも使い慣れた道具の延長だからであった。
こうして統一された制服と武装が整ったことで、兵たちの士気は大いに向上したという。
「最近、エ・マーヌの指揮官を招いて、新兵器、銃の訓練も行っています。煙が多く出るのが難点ですが、弓ほど習熟に時間を掛けずに同じだけの距離の敵を打ち倒せるのは心強いです」
マスケット銃は性能だけで見れば、長弓で十分対抗できるのだ。
だが、長弓は習熟するのに長い歳月を必要とし、技量を維持する為に訓練し続けなくてはならない。
そのため、カ・ナンでは弓の有効性は知られていたが、猟師たちを組み込んだ猟兵団以外ではほとんど弓は用いられていなかった。
それだけに、僅かな訓練で弓と同等の性能の武器が扱えるとあって、大々的に導入が進められていた。
銃はソウタやエ・マーヌ軍が所有していたマスケット銃を量産している。
作成された銃を用いた訓練も行われていた。
そして腕が良い兵と、器用で弾薬の装填が手早い兵は、優先的に引き抜いて、銃兵として組織する計画である。
「分かっているとは思うけど、火薬の使用には十分注意して事故が無いように。敵と戦う前に大怪我したり、命を落とすなんてことが無いように十分注意してくれ。カ・ナンは唯でさえ人が少ないんだから」
かつてのソウタたちの祖国に限らず、二度の世界大戦に参加した大国の殆どは、一度目か二度目の大戦で、若者たちの命を無為に磨り潰す愚行を行ってきた。
それは膨大な人口があればこそ、人の命の価値が安価なればこその所業だったが、今のカ・ナンは小国であり人口も乏しい。
徴兵できるわずかな人数を無為に失うことは、敗北せずとも亡国に繋がってしまうのだ。
「戦争にならないのが一番いいに決まっている。でも避けられないなら、自分たちの犠牲が一人でも多く出ないように、打てる手を打たなきゃいけないんだ」
兵力差は予測だけでも十倍以上。
いや、実際にはさらに差が開くのは目に見えている。
兵力差を跳ね返し、カ・ナンを、エリとヒトミを守るためには、少しでも兵たちの質を高めて対抗するしかないのだ。
「素人ながら、私の目にも兵たちが精強になっていくのがわかります」
「うん。そのために今まで走り回ってきたんだ。もっともっと強くなってもらわないと」
正直なところ、マスケット銃を全軍に配備できたとしても、それだけで十数倍の大軍相手に優位に立つ事はできない事は、銃器の性能や、戦史を勉強した際にソウタもヒトミも痛感していた事だった。
カ・ナンで作られたマスケット銃の有効射程は、おおよそ100mというところ。
この距離だと遮蔽物の無い平地なら、勢いに任せて大軍が押し寄せて来たら、削りきれずに蹂躙されてしまうのだ。
「やっぱり戊辰戦争の際に使われた、後装式のライフル銃が無いと物量差を覆すのは厳しいんだよな……」
後装式のライフル銃の特徴だが、銃身内に刻まれた螺旋状の溝によって弾丸に旋回運動を与え、ジャイロ効果により弾軸の安定を図り直進性が高められる。
そのため、マスケット銃などの滑腔銃とは比較にならないほどの長い射程距離と高い命中精度を得る事ができる。
さらに後ろから弾丸と火薬が一体化した薬莢で行うので何倍も早く装填が可能である。
故に敵に同等の武器が無ければ、接近される前に全滅させることも可能になる。
さらに機関銃まで準備できれば、射程内に入った相手を文字通りになぎ払う事ができるので、物量差はあって無きものになるだろう。
だが、カ・ナンだけでなくこの世界の技術力は、マスケット銃の製造さえようやくという段階であるから、前装式であってもライフル銃の試作品の製造さえ困難であろう。
そして言うまでも無く日本から大量にライフル銃と弾薬を持ち込むことなどできはしない。
つまり、銃を所持しているというだけでは、一方的な展開に持ち込むことはできないのだ。
しかし、だからといって抵抗を断念するわけには行かない。
とにかく、時間が足りない中でも、用意できる最良のものを最大限準備するしかないのだ。
その後、ソウタは小休止に入った兵たちに直接、何があったらよいか、改善すべきところは無いかを聞き取り、練兵場を後にした。




