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第10話 カ・ナン王国宰相のとある一日 その1

 カ・ナン王国の宰相としての、タツノ・ソウタの一日は、枕元に置かれた目覚まし時計の針が示すように、朝の6時起床から始まる。


 カ・ナンにおいても、この時期は冬にはまだ遠いため、朝の洗顔と歯磨きは水道からの汲みたてで行う。


 ニライには水道が完備されている。


 これはニライが丘の上に建設された都市なので、水を得られるほどの深さの井戸を掘るのが困難だったことが理由のようだ。

 そのためニライの建設の際にカ・ナン川から水を引き入れるために水道と全長500mに渡る二層のアーチ状の水道橋が設けられていたのだ。


 全長5kmに及ぶ水道を伝ってきた水は、王都に入ると緩速ろ過池に送られ、微生物によって浄化される。


 浄化された水は、王都の中央に流されて円筒分水され、東西南北それぞれの地下に設置された大規模な貯水室に送られる。


 そしてそこから地区ごとの小規模な貯水室に送られる仕組みになっていた。


 緩速ろ過池による浄水は、地球では19世紀に開発された技術だが、カ・ナンのそれは王都建設と同時に行われていた。


 だが長らく整備が行われず機能不全になっていたのだが、白銀の錬金術師の指導で完全に復活し、現在は衛生的な飲料水が豊富に供給されている。


 この屋敷は宰相用のため、専用の貯水室が設けられていた。


「閣下があの機械をお持ち頂いたお陰で、随分水汲みが楽になりました」


 機械とは手押し式ポンプである。

 これまでは貯水室に一々竿つるべを投げ込んで汲み上げていたが、手押し式ポンプを導入したことで、重たい水桶を汲み上げしなくて良くなったので、導入は使用人たちから、とても感謝されていた。


 さらに手押し式ポンプは構造が簡単なので、量産しようと計画も動いている。


 朝の身支度を終えると近辺の散歩に出かける。雨天でなければ毎日だ。


 立場が立場なので護衛に2名着きそうが、ニライはまだのんびりしているためか、出会う者たちにも気軽に声を掛けることができる。


 道中で朝食用の薄手のパン、アサパを行きつけの店で購入する。


 この店の売り子の少女ともすっかり顔なじみになり、彼女を通じてこの町の庶民の様子を聞いていた。


 帰宅すると朝食になる。屋敷には専属の料理人が居るので、主食以外を作ってもらっている。


 この日の朝食は、干した小魚を煮出して出汁を取り、具に蕪を入れたとろみのあるスープと、飼育している鳥類の卵の目玉焼き。


 当主が一ヶ月の半分どころか三割ほどしか滞在しない屋敷の専属にするには勿体無い腕前の料理人の料理だけあって、シンプルながら実に美味である。


「閣下のご用意して下さった新式の焜炉のお陰で、随分と薪を使わなくて済むようになりました」


 ソウタが持ち込んだのは、少ない燃料で高い火力を得ることができるロケットストーブの仕組みを応用した焜炉だった。

 アウトドア用の現物を持ち込み、職人に構造を説明して製作させたものだ。


 ロケットストーブは構造さえ理解すれば、このカ・ナンの技術力でも十分作成可能なものなので、用途を吟味した上で普及を進めることにしたのだ。


 実際にこの屋敷を起点に評判が広がって、徐々にではあるが導入が始まっているという。


 朝食を終えると身支度を整えて、朝の8時前に出仕。

 出迎えにリンが来るので、共に馬車に乗る。


 屋敷から王宮までは徒歩でも十分な距離だが、宰相なので馬車を使えと言われていた。


 出仕して、この日の業務は書類に目を通しての裁可。


 とはいえ、ソウタはまだカ・ナンの文字の読み書きが満足にできないので、リンに読み上げてもらって対応している。 


 昼前から近郊の視察のため外出する。昼食は馬車の中で弁当。


 この日はピザの生地に近いチュパを主食に、菜もののお浸しに、魚と肉のジャーキーにありつく。


 昼食を摂りながら向かう先は練兵場。


 ソウタがカ・ナンの宰相に就任して四ヶ月が経過していたが、あの時見た兵士たちが、今はどうなっているのかを確認しに行くのだ。


「あっ!ソウタくん!」

 

 道中で騎兵団と出会った。


 無論、指揮しているのはヒトミ。新調した白い鎧を着て、旗を掲げて移動中だった。


「ヒトミ、新しい鎧の調子はどうだ?」


「うん!アルミ製になったから、随分軽くなったよ!」


 正確にはアルミ合金製である。


 ソウタはアルミ合金の板材を持ち込んで、試作としてヒトミの鎧を作成させていたのだ。


 ちなみにアルミ合金は強度を高めるとその分腐食に弱くなる。そのため、日本から下地と塗料を持ち込んで塗装していた。


 さらに鎧の下に着込む鎖帷子はステンレス製を調達するなど、最前線に飛び込む可能性が高い彼女のために、可能な限り防具を揃えようとしていた。


「ああ。前の鎧も似合っていたけど、今の鎧はもっと凛々しくていいな」


「本当?!ありがとう!」


 ソウタが褒めると、ヒトミはニコニコと笑顔を絶やさず上機嫌になる。


「じゃあ、私たちは西のほうに行くね!」


 騎兵団は総数100騎ほど。先の戦いでの勝利に多大に貢献したが引き換えに大勢を失い、現在再建中だった。


 騎兵は機動性と打撃力に長ける切り札なのだが、乗馬の技術は一朝一夕で身につくものではなく長期間の修練が必要なので、簡単に回復・増強できるものではない。


 国外から雇おうにも、特に高額の報酬を用意せねばならないので、そちらも現実的ではない。

 故に今の戦力の質を高めるしかないのだ。


「シシノ将軍、日頃は本当に穏やかですが、鎧をまとわれて騎乗されると、本当に凛々しいのですね……」


 リンは憧憬の視線を去り行くヒトミに向ける。


 彼女だけでなくカ・ナン中の女性が、女性でありながら軍を華麗に指揮して活躍したヒトミに喝采を送っていた。


「あいつには指揮官としての才能があるって、俺は直接見たわけじゃない。俺がよく知っているのは武芸なんてからっきしダメだけど、乗馬が好きで楽しそうに駆け回っているあいつなんだ……」


 正直、ソウタはヒトミが前線に立って指揮を執って、まして敵陣に先陣を切って突撃する姿を想像できなかったし、したくもなかった。


 ただ、ヒトミがそうせざるを得ない以上、なるだけ彼女に怪我を、まして落命しないように、自分にできることをするしかないと決意していた。

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