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第6話 訪れて港町 その2

 その夜。セキトは貿易都市のため旅行者や・行商人を見込んだ食堂も数多い。


「今晩の夕食はこの店を手配しました」


 ソウタたちが入った店は、商隊の幹部級を対象にした比較的高額な店。


 料理は海の魚の焼き物や、渡り蟹の蒸し物に具の少ないブイヨン。

 味付けに舶来の香辛料が使われていることからも、この都市が貿易都市である事と、この店が裕福な者を対象にしている事がわかる。


「いきなり大盤振る舞いで大丈夫かい?」


 ビルスに笑いながら尋ねるが、ビルスは胸を張る。


「そこは若旦那から頂いた計算機のささやかなお礼です。さあ料理でも酒でもお好きなだけどうぞ!」


 口直しにグラス一杯の果実酒を注文して飲んでみる。この酒はベリー系の果実から作られているのだろうか、かなり甘めの味だ。


「何分、甘味は貴重ですから。香辛料と甘味を味わえるのは裕福な者の特権です」


 ソウタはカ・ナンに砂糖を持ち込んだときと、日本に連れてきた時にリンとアタラが、二年ぶりに帰郷したヒトミが甘味に感動していたのを思い出した。


 夕食を終えて宿に向かう。


 三階建ての二階が充てられた部屋で、十畳分ほどの広さだろうか。戸も壁もしっかりしており、音が漏れにくいように作られていることは分かった。


「さて、寝るかな……」


 寝る前の身支度を整える。だがソウタは、ベッドの大きさがシングルでなくダブルになっているのが気にかかった。


「俺に気を使って広めの二人部屋にしたのかな?」


 疑問を覚えたところで部屋の戸が開いた。


「閣下、今夜はこの部屋なのだな」


 仰天して思わず飛びのくソウタ。


「お、おい!アタラ……これは?!」


「むろん、閣下の護衛のためだ。ビルスに二部屋隣接で依頼したが、どこもその条件では無理だったので、二人部屋にしてもらったのだ」


 平然とした顔でアタラは答える。


「ああ、床の心配は無用だ閣下。私は野山で石を枕に寝るのに慣れている。この部屋なら床に敷物があれば十分だ」


「そういうわけにはいかないだろ、常識的に考えて……」


 ソウタは寝袋を持ってきているので、自分の方が床に寝ると言ったが、護衛対象を床に寝せるわけにはいかない、万一があると、アタラも譲らない。


 いっそ同衾しまえばいいかという考えも浮かんだが、それは頭を振って抹消する。


「わかったアタラ。せめてこれを使ってくれ」


 ソウタがリュックから取り出したのは寝袋だった。

 封筒型ではなく、片方が解放可能なタイプなので、とっさの時に飛び出すことは可能だろう。


「閣下、気遣って頂き恐縮する」


 こうしてこの夜は、アタラと同じ部屋で宿泊することになったのだった。


 翌日、日の光が差して目を覚ますと、アタラはすでに起床していた。


「閣下、実に良い寝床だった。これがあれば狩猟の時も快適に野宿することができるな」


「あ、ああ。それはよかった。次に日本に出向いたら買っておくよ」


 綺麗に丸められて返却された寝袋。これはソウタが愛用しているものだった。


 後日、宿の寝具の具合が悪いと感じて、この寝袋を使ったのだが、アタラの匂いがしっかり染みついていたので悶々としてしまい、その夜はかえって眠れなくなってしまったのだった。


 ともあれ、朝食の穀類の粥を取って出張所に向かう。


 ビルスと打ち合わせを行っていたが、オークションを行うにはここでは手狭だったので、場所を借りてオークションを開催した。


 会場にはこれまで見たこともない小型の時計と聞いて、見物客まで押し寄せるほど。


 無論、オークションは白熱し、持ち込んだ腕時計50個は、そのどれもとてつもない高額で売れた。


 現金・それも金貨での即決を優先したが、なんとしても欲しいと、殆どの購入者が現金を用意してきた。そのため、カ・ナンの国庫を潤すほどの膨大な額の金貨と銀貨が手に入った。


 特に最も高機能なものを高値で買い付けたのは、この都市の五指に入る有力商家の使いだった。さらに後ほど、腕時計の件でこの主人と接触する事ができた。


「この小型の時計は実に素晴らしいが、宝飾がされているものがあれば、大商家はもちろん各国の貴族王族にも売れるだろう」


 と、オーダーがあり、調達を検討すると伝えた。有力者を味方にしておいて損はないからだ。


 時計が売れて大きな収入を得たところで、ソウタはシーナとアタラをつれて市中を見回った。


 アタラは護衛のためだからと、髪をまとめて大きな帽子を被り、服も男物を着用。身長もソウタと同じくらいあるので、遠目には女性に見えない格好になっていた。


「これなら怪しまれないよな」


 どんな物が売られていて、どれほどの価値で取引されているのか。どんなものをもってくれば高く売れるだろうか。完全に商人の目線になっていた。


「カ・ナンの若旦那!ご婦人への土産に宝石なんかどうですかい!」


 時計を購入した商人の一人は宝石商だった。早速腕に巻いている。


「じゃあ、見せてもらおうか」


 ソウタが大金を動かせる立場にあるのを知っているからか、上機嫌で上得意にしか見せないような上物ばかりをみせてくれた。


「うちの一番の売りは真珠ですぜ、若旦那」


「すっごーい!きれい!」


 シーナが驚きの声をあげた。大きく複雑な、いびつな形の真珠に金銀の細工が施されたものがいくつも鎮座していたからだ。一番大きいものはビー玉ほどはあるだろうか。それでも球体には程遠い。


「なるほど、随分高いんだね」


 同じ大きさのエメラルドの倍以上の値がつけられていた。


「そりゃあもう。ご存知の通り、真珠は命がけで海に潜って、何万という貝を拾い集めてその中に売り物になるのが一個あるかどうか……。命を賭けなきゃ手に入らない、宝石の女王ですから!」


「宝石の女王か……」


「ええ。真珠の首飾りは王族貴族のご婦人方の垂涎の的です。仕入れた端から飛ぶように売れますからね。それに産地の東の方から、なかなか最近流れてこなくなりましたからね。もっともっと値上がりしますよ。資産として抑えるなら今のうちですぜ」


「なるほど……。じゃあもし、俺が真珠を仕入れてきたら、取り扱ってくれるかな」


「カ・ナンの小さな真水真珠じゃ大した価値になりませんがね。ですが若旦那の事だ。本当に真珠を仕入れていただけるなら、やぶさかじゃあございません」


「ありがとう」


(真珠はいけそうだな……)


 地球では長年天然真珠がもてはやされていたが、20世紀初頭から日本で作られた養殖真珠が大々的に世界市場に出回り、20世紀半ばまでには完全に養殖真珠が世界を席巻。

 安定供給と需要の落ち着きに伴って価格も低下していったのだ。


 現在の真珠は、日本だけでなく世界各国で養殖され、比較的求めやすい価格で出回っている。


 流石に人工真珠を持ち込むのは気が引けるが、完全な球状で大きさが揃った真珠の首飾りなどは、破格の値段で売れるに違いないだろう。


 などと考えながら、銀貨で入金した分で何か買うことにした。


 アタラに欲しい物は無いかと目配せしたが、自分には不要だと首を振るので、仕方なく何か適当に買う事にした。


「これは?」


 それは銀色に光る指輪だった。だが、手持の銀貨と比べて材質が違うのは理解できる。


「さすが若旦那、お目が高い。これは東方ともさらに西方の海の果てから来たとも言われる、珍しい銀で作られた指輪でして。珍しい銀とはいえ、金ほどの値打ちはないと言われちまいまして、まあお手ごろなものですよ」


(これ、多分プラチナだな……)


 プラチナは日本では金並みの価格で売却できるのだが、他にプラチナ製品は無いようで、日本に持って帰って転売して利益を出すのは望めないようだった。


「よし、じゃあ、これを貰おう」


 特に深い意味はなく、この店への挨拶程度のつもりで、対になっていた指輪を買った。


「で、この指輪、誰にあげるの?」


「まだ考えてないな……」


「ふーん、そうなんだ。てっきり……」


「てっきり?」


「ううん、なんでもないよ!」


「そうか」


 誰かに渡すつもりがあって買ったわけではなかったので、そのまま鞄に入れた。

 そしてしばらく存在を忘れてしまったのだった。

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