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第3話 コノクニ☆リサーチ その3

 視察二日目。王都の北西側に位置するこの国最大の湖、それも国土の1/4を占めようかというほど巨大なカ・ナイ湖に向かう。


「あ、あの閣下?!」


「馬車に乗ったままだと退屈するからいいだろ」


 二日目から、ソウタは自転車に乗って街道を行く。ヒトミは笑って同伴し、護衛も興味を持ちつつ速度を合わせる。森林の中を行くが晴天の下、空気が清涼で心地よい。


 湖は山脈に囲まれた中にあるというが、その麓に到着して驚く。


「なあ、これ、どう見てもダムじゃないか!」


「神話の時代、建国の神々が山脈を閉じて大河をせき止めたと伝わっています」


 リンが言い伝えを教えてくれたが、明らかに自然にできたものではなく、人工物だった。


 いわゆる重力式コンクリートダムで、見たことがあるダムより遥かに肉厚で、放流口が階段状に段差がつけられ、かつ傾斜が緩やかに作られていた。


「王都の城壁もすごかったけど、このダムは半端じゃないな。この世界、大昔にはとてつもない文明が存在していたのか……」


 現在、その技術は完全に忘れ去られているようだが、もし少しでも伝わっているのならかなりの助けになるに違いない。


 ともあれ現在は、川の周囲に水車小屋が並び、国中の穀物の製粉は、ここで一手に担われているとのことだった。


 そして側道を登りあがって広がっていたのは、あまりに広大な湖だった。

迎えに来ていた小型の帆船に乗り換えて一行は進む。


「水平線の向こうが見えなくなってるじゃないか……」


「はい、陸の上の海とも言われています。ここには本来海にしか住んでいないというイルカもいますから」


「そいつはすごい」


 船は湖の中心部に浮かぶ島、いや、明らかに人為的に建築された塔に建設された町、ナナイに向かう。


 一周およそ2kmというところだろうか。その中央部に役所が、周囲に民家が立ち並び、さらにその周囲に浮かぶ多数のいかだや船の上で市場が開かれている。


「万一の際は、ここに篭城することも念頭に置かれています」


「守るには都合がいいけど、冬に凍結したりしないの?」


「確かにそうなのです。厳冬期には湖面が氷結してしまうため、その期間の篭城は厳しくなるでしょう」


「ダム自体はかなり強固に作られているけど、斜面を登るのは城壁と比べて楽になってるから、ダムでの防衛も厳しいしな……」


 この町の市場を視察する。


 ここの特産品は、アルパカに似たビクニーという大型の四足獣の体毛で織られた毛織物。国外でも高値で取引される重要な輸出品でもある。


 ほかに漁業で得られる水産品は目下国内消費で済まされ、珍味な種類のみ少数だが加工して輸出されている。


「どうでしたか?」


「すごい観光資源になりそうだけど、この状況じゃ厳しいからなぁ……」


 安定して国土開発ができれば、他にも開発の余地はいくらでも出てくるのだが、今は有事への備えが最優先である。


「単純な話だけど、敵が来たときに放水して水攻めはできないの?」


「周辺国はそれを最も恐れていたため、これまでどこも攻めて来ることはありませんでした。ですがご覧になられたとおり、あまりにも壁が強固すぎて、我々には放流口を破壊することは不可能なのです」


「水位調整もかねて、放流口のかさ上げを行ったこともありましたが、馬の背ぐらいの高さに上げるだけで精一杯でした。それに水攻めを行えば、王都以外の下流の村々や田畑は皆流されてしまいます。さらに下流の国も押し流してしまいます」


「だから最後の最後、本当の最終手段か」


 それよりも水車の数を思い浮かべて、水力発電を行って電力を確保したほうが有用に思えた。


「水車を使って水力発電だな。電灯もだけど、まずは通信の整備。明治日本もまず電信から整備した訳だし」


「デントウ?デンシン?一体それは?」


 意味が伝わらない単語は魔法でも翻訳できないようだ。無理もない事だが。


「雷の力を使う通信が電信。同じく明かりが電灯って言うんだ」


「雷の、天の神の御力を?!」


「そう。天から降り注ぐ雨が集まり川となって流れ落ちる。その力で水車を回して、そこから天の、雷の力を取り出すんだ」


「そ、そんなことができるというのですか!?」


「こっちの世界は火だけでなく雷の力を人が操ることができるようになって、一気に発展したからね」


 今のリンにとっては雲を掴むような話であろう。


 話を聞けば、この湖の奥地は人ばかりでなく、少数ながら人ならざる者たちの集落があるのだという。


「人と魚かサンショウウオの相の子とされるカッパ族やオオカミと人の相の子ともされる、鉱夫コボルト族が住んでおります」


「カッパにコボルト?!」


「カッパ族は優れた漁師であり、この湖で釣り竿以外で魚を獲ることができる特権が、神代より保障されております。コボルト族はこの地でしか取れないという希少な金属を採掘する技術と特権が、これまた神代から保証されており、これらを下からの作物と交換しているのです」


「それはすごいな。是非会ってみたい」


「幸い本日は交易の日でもあるので、カッパ族は市場に来ているでしょう」


 早速会って話をする。人界に来るものは当然、人の言葉を駆使することができる。交渉したところ、族長に引き合わせてもらえる事になった。


 快速船に乗り数時間。湖畔から少々離れた、木を積み上げて作られた水上の島が見えた。


「アソコニ族長ガ住ンデイル」


「ビーバーのダムを巨大にしたようなところに住んでいるのか」


 彼らの住居に入るには水の中を潜って入り口に入らねばならないが、部外者を入れることは無い。そのため、人と会うときは、船の上で行われる。


 贈答品に渡した焼酎は度数が高く体が温まりやすいものだということで、薬になるとたいそう歓迎された。


 彼らから話を聞き、その生活や必要とするものが無いかを丁寧に聞く。宿泊はしないが、別れ際にこの湖で獲れたという大粒の淡水真珠を、焼酎の返礼としてもらった。


「変わった形できれいだね」


「こっちの真珠は養殖されてて、きれいな円形ばかりだからな」


(受け入れるかどうかはともかく、養殖技術を教えるのはいいかもしれないな)


 真珠の養殖は大雑把に言えば真珠を作る貝の殻を加工して貝に植え付けして偶然でなく人の手で真珠をつくらせる技術である。


 淡水真珠の価値がこの世界でどれぐらいのものかわからないが、将来的に商業化を目指すというなら選択肢になりえると考えた。


 そのまま、コボルト族の居住地に向かう。彼らは今、湖畔からすぐそばの岩肌に採掘用の坑道と住居用の洞窟を掘って生活していた。


「彼らが採掘しているのは鉄や金銀ではなく、鉄に添加することで硬度が格段に高まる鉱石です。精錬がかなり難しいので利用しているのは我が国ぐらいですが、昨日の鍛治町では高値で買われ、それを添加した鋼は世界に冠たる高度を持つと、さらに高値で取引されています」


「コボルトだけにコバルトやタングステンを採掘しているかもしれないのか。これはすごいな」


 コボルトに認められた数人の男たちが彼らと共同作業で鉱石の製錬を行い、インゴッドを製造していた。


 彼らには砂糖を送った。この地では蜂蜜でさえ貴重で、交易では最優先で求められていたのだが、それよりも甘みが強く濃縮されている砂糖は本当に甘美だったようで、たいそう喜ばれた。


「この湖や噂に聞く大トンネルも君たちの祖先が作ったのか?」


「イヤ、アレハワレワレデナク“神ノ民”ガ作ッタ。彼ラハ小山ノヨウナ獣ト大キナ一本腕ノ獣タチヲ従エテ、岩山ニ街道ヲ掘リ、山ヲ繋ゲテコノ湖ヲ作ッタ」


「その獣たちはどこに?」


「アルモノハコノ湖ノソコニ。アルモノハ洞窟ノ奥深クニ埋葬サレタ。モハヤ朽チテ残ッテハイナイダロウ」


「私も初めて聞いたけど、まるで……」


「ああ、ダンプやパワーショベルを持ち込んで作ったみたいだよな」


「でも、二千年以上昔だよ?」


「こっちとあっちには時間経過に差はないからな。考えにくいよな」


 “神の民”の正体が気になるところだが、今探求することではない。


 それはそうと、彼らがこの地において最も優れた鉱夫であることに疑いは無い。もし協力してもらえるなら、優秀な工兵として期待できるだろう。


 この日は夜の帳が下りてから塔の町に戻った。食事は獣肉と淡水魚が中心だった。


「さすがに今日は休肝日だな」


 そんなわけで今夜は酒は飲まずにのんびり夜空を眺める。湖に浮かぶ月は巨大だが、いびつに大きく欠けている。


「こんな光景、地球じゃ拝めないな……」


「閣下、ご出身の国の月は違うのですか?」


「ああ。綺麗な球形だよ」


 そう言ってタブレットに保存してあった月の写真を見せると、リンは月の写真以上にタブレットについて驚いていた。


「この板は一体……」


 ソウタはリンに丁寧に説明する。感心しながら唯々頷くリン。


「閣下の国では、素養がなくとも、誰でも魔法の力を行使できるのですね」


「魔法……。高度に発達した科学は、魔法と区別がつかないっていうからな」


 ソウタはこの景色をカメラに収めた。それから当分の間、この写真は画面の壁紙として使われたのだった。

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