第23話 膠着状態 その1
その夜。カ・ナンの王都ニライは、いつものように静かな夜を迎えていた。
夜間に戦闘は起きず、屍を食い漁る鳥たちも飛ぶ事は無い。時折心理効果を狙ってか、敵側から銅鑼の音や鬨の声が聞こえてくる事もあるが、最近はそれもほとんど無くなっていた。
そのためこの夜も硝煙の匂いが残る以外は、王都は平時のように静かだった。
三日ぶりに帰宅したヒトミは湯浴で身体を磨き終えて、今度は消耗した心を癒すべく最愛の夫の帰宅を待っていた。
「ただいま。遅くなって済まない」
軍人でないため戦場に出ないソウタは、王都での執務だけでなく、国内の各町での物資などの調整、そして日本に戻って必要な物資の買い付けなどを行っていた。そしてこの日は、タクミノへの出張からの帰りであった。
「お帰りなさいソウタくん!」
ソウタの胸元に飛び込むヒトミ。しばらく抱擁し合い、唇を重ねる。
「お疲れ様ヒトミ……。まだ膠着してるんだな」
「うん。こっちは大丈夫だよ」
本土での防衛戦ということもあり、現状はおよそ三日おきで、兵士たちの入れ替えが行われていた。
王都の宿舎は施設も食事も整っており、怪我の程度が酷い者はさらに後方に送る体制が整えられ機能していた。最前線においても防衛線の休息設備は、ゴ・ズマ側の野営より遥かに整えられており、夜の冷え込みにも対応していた。
そのため、厳しい寒暖差とストレスに晒されているゴ・ズマ側とは対照的に、カ・ナン側の士気は衰えることなく高いまま維持されていた。
「だからお前も、定期的に帰宅できるってことか」
「うん。そうだよ」
顔を持ち上げると唇を重ねて、再度ソウタの胸元に顔を埋める。時々瞼に焼きついた、傷つき呻く自軍の兵たちの姿と、敵兵の累々として散らばった亡骸の光景を思い出し、ヒトミはたまらず震えだしてしまう。
この感情は、全軍の指揮官として振舞っている際は表に出さずに押し殺せているが、短期間だからできることであって、長期間できることではないのは彼女自身が良く分かっていた。
「ヒトミ、大丈夫だから」
震える妻を優しく抱きしめる。徐々にその震えが収まっていくのが確認できる。
「じゃあ、俺も風呂に入ってくる」
「うん。一緒に夕飯食べたかったから待ってたんだよ」
手早く入浴を済ませて夫婦二人で夕飯に。話題はソウタが見てきたカ・ナン国内の様子が主だった。
「疎開させた人たちの食事も住まいも大丈夫だった。むしろ戦局優位って聞いて、ニライに帰りたがる人が多くて宥めるのが大変だったよ」
疎開開始から半年が経過していたが、事前に食料も住居も整備していたので、後方では長期化によるトラブルは殆ど起きていなかったのだ。
「よかった。きちんと準備してきたからね」
こうして二人で食べる夕食も、防衛戦が始まる前と内容は大して変化していない。これも事前にしっかりと準備をしてきたからだ。
食事を終えて歯を磨き、リビングでしばらくゆっくりする二人。
「あと言い忘れていたけど出張中は……」
「服の下に髪の毛くっついてたよ。あの髪の毛、リンさんだよね。黒くて長いし綺麗だし」
「ああ……」
「リンさん、身体も心も華奢で綺麗だから……」
リンの髪を眺めながら、うっとりとした様子のヒトミ。リンがこの屋敷でソウタと営みを行う際は必ずヒトミも同伴しているのだ。
「それにしてもソウタくん、他の人にもお手付きしていいって言ったのにしてないよね」
「おいそれとお手付きなんてできるものかよ……」
目下、ソウタが妻二人以外で関係を持ったのはアンジュとリンだけ。
エリとは結婚して四ヶ月強が経過し、リンと関係を持ってからも約三ヶ月が経過していた。
この間、毎晩のように三人のうち誰かと励んではいたものの、エリとリンの二人とも、未だに懐妊の兆候は見られなかった。アンジュからも懐妊の知らせは来ていない。
そのため焦ったエリから再三相手を増やせと苦言を呈されていたが、ソウタは未だに応じていなかった。
「いくらエリやお前から許可されてるからって、俺は見境無しなんて嫌なんだ……」
今でこそ連日のように励んでいるソウタだが、元々は大学に入ってからさえ彼女も作っていなければ、風俗等で遊ぶ事もなかった。
最初の相手は眼前にいるヒトミで、エリとは婚姻を結んでから。アンジュとリンは信頼関係があった上で及んでいる。
「じゃあアタラさんとメリーベルさんは?」
「二人とも戦場に出てるんだ。お前と一緒で身重にさせるわけにはいかないだろ。お前とエリから許可されてるのは子供を作る事で、俺が好きに遊んでいい訳じゃないんだろうが……」
「ふふっ。ソウタくん、そういうところすごく真面目だよね……」
アタラもメリーベルも以前からソウタになら抱かれても構わない、むしろ抱いて欲しいと意思表示していた。
だがソウタが妻たちから許可されているのは子を成すための行為であり、快楽を貪るためではない。ましてカ・ナン軍の中核である二人を、戦の最中に懐妊させてしまうわけにはいかないとソウタは考えていた。
「私、そんなソウタくんだから大好きなんだよ」
ヒトミから頬にキスを受ける。
このままヒトミを抱きたいのだが、エリからは例え相手がヒトミであっても快楽の為だけに抱くことは厳禁だと告げられていた。




