いつもの日常へ
エイダが落ち着くまでの数分、母は我が子を抱きしめた。
「何があったの?」
エイダが落ち着いたのを見計らい、母は優しく尋ねる。チラッと娘が投げ出した、魔導書らしきものも確認する。
「やくそうを採取してたら、ジャイアントスパイダーに遭遇したの」
一瞬、周りの大人達に緊張が走る。
「なぜこの時期に?」
「普通、休眠してるよな?」
ジャイアントスパイダーは寒さに極端に弱く、冬が到来する前には巣に閉じこもり、春が来るのをジッと待つ。エイダの両親も問題ないと思い、我が子を森に送り出したのだ。
「大丈夫だったの?」
父と母は、エイダに怪我がないか確認しながら尋ねる。複数の擦り傷を確認し、母の表情は若干曇る。
「えっと、頑張って逃げ切ったの」
「!?」
「えっ?」
エイダの周りの大人達から驚嘆の声が漏れた。
「アイツら、かなりしつこいよな?」
「ああ。匂いを追ってどこまでも追ってくる。獲物が疲れて動けなくなるまで」
「木にも登れるし、川も泳げるし、集団で来るし、ほんと嫌になるよな」
「まあ、匂い袋を囮にすれば、何とか逃げ切れるか?」
周りの大人達がガヤガヤと騒がしい中、父はエイダの頭に手を伸ばす。
「万が一に備えて、匂い袋まで持って行ってたのか?準備周到だな、偉いぞエイダ」
父は頭を撫でながら、娘の成長を喜ぶ。父の喜ぶ姿に罪悪感を感じ、エイダは俯く。
「えっと……持って行ってないの……」
ポツリと告白する。エイダはやっていない事で褒められるのは我慢できない、素直な子なのだ。
「……」
周りがまたフリーズする。
「まあ、寒さで足が遅かったとか?」
「お腹空いてて、力が出なかったとか?」
「そ、そんなこともあるのかな?」
「ははは、まあ何にせよ、無事で良かった。さぁ、帰ろうか?」
父は笑いながら、エイダ肩に乗せる。
「まっ、待って」
エイダは慌てて、父の肩から降りる。
放り投げて、若干存在を忘れかけてた魔導書を、小走りで取りにいく。そして両親の元に戻り、本を後ろに持ちモジモジしながら話し始める。
「森の中で、魔導書を見つけたの」
「それで?」
母は娘をじーっと見ながら、続きを促す。
「これ家に持って帰っても良い?」
「何で?」
母は続きを、更に促す。
「魔導書、私欲しかったから、これを使おうかなって」
母はしばらく無言で魔導書を見ていた。
「見せて?」
エイダはオドオドと魔導書を渡す。
「かなり古いわね」
受け取った魔導書を、様々な角度から観察する。
「魔法石が壊れてるみたいね?それに中身が1ページだけ?それに何も書かれてない?」
「ねぇ、いいでしょう?」
エイダは母の顔を覗き込みながら聞く。
「そうね。前から魔導書、欲しい欲しいって言ってたわよね」
母は娘に微笑む。
「うん」
「座学頑張ってるし、そろそろ本格的に魔法の訓練に入っても良いかもしれないわね」
「うんうん」
エイダが嬉しそうに頭を振る。
「わかったわ。じゃあこれは森に棄てて来なさい」
「えっ?」
エイダの動きが止まる。
「私の魔導書を一冊あげるから、それを使いなさい」
「え〜っと」
「こんな得体の知れない、壊れてるガラクタより良いわよ?」
「わ、わたし、これで良いかなって?」
「何で?前から私の魔導書が欲しいって言ってたわよね?」
「う、うん」
「じゃあ願ったり、叶ったりじゃないの」
「えっと」
エイダの目が泳ぐ。良い言い訳が思いつかない。
「お、お母さんのお下がりじゃなく、私のが欲しいな〜」
「これも『誰か知れない人』のお下がりだと思うわよ?」
「うっ。けど……」
困っている娘に、父が助け舟を出す。
「まあ、エイダがこれを欲しいと言ってるし、良いじゃないか。壊れてる箇所は直せば良いし、新しいページも追加できるし」
「わかったわ。あなたがそう言うのなら。勿論、修理費はあなた持ちね」
エイダの表情が明るくなる。逆に父は表情は引きつった。
「やった〜」
喜ぶ娘を横に、母は魔導書に手を置き、呪文らしきものを唱える。
「……起動しないわね。壊れてるんじゃないの?本当にこれで良いの?」
魔導書を娘に返しながら尋ねる。
「良いの!」
無事戻ってきた魔導書を、エイダは胸に抱きしめる。
「話も無事終わったし、帰ろうか?」
父は帰宅を促す。
「私、お腹空いちゃった」
「晩御飯は、エイダの好きなシチューよ。」
「やった〜」
「温め直してる間に、お風呂入っておきなさい」
「は〜い」
無事にいつもの日常に戻れ、エイダは幸せを噛み締めた。