お家へ帰ろう
「傷を治す魔法はないの?」
エイダは魔導書に尋ねる。森の中、虫から無我夢中で逃げていた為、体中擦り傷だらけだ。母親に何があったか心配されるのは火を見るより明らかだ。
「そんなものはない」
魔導書は素っ気なく答えた。
エイダは魔導書を片手に、逃走ルートに沿って帰っていた。体や衣服に付いたドロは川で洗い流した。まだ少し濡れている為、夕方の風が少し冷たく感じる。
(早く帰らないと。お母さん心配してると思う)
途中、魔導書と出会った木の側を通った。エイダはふと疑問に思った。なぜ魔導書は人が余り寄り付かない森の奥に放置されてたのか?魔導書に聞いてみたが「長い眠りから覚めたばかりで、まだ記憶が曖昧だ」との答えが返ってきた。魔導書さんにも思い出したくない過去があるのかもしれない。エイダはそれ以上追求しなかった。
虫から逃げる時に残したカゴも無事回収した。薬草も大丈夫だ。エイダは辺りを警戒しながら、さらに歩みを早めた。夜の森は危険だ、早く森を出たい。
「この時刻になると、もう暗いんじゃないのか?」
しばらく無言だった魔導書が、突然エイダに尋ねてきた。
「うん、暗くて少し歩きにくい」
「了解した」
魔道書がそう言うと、しばらくして数十センチ頭上に小さな炎が灯った。エイダは初めて見る魔法に見とれていたが、ふと我に返り、歩みを再開した。
頭上の小さな光を頼りに暗い森をとぼとぼ歩いていると、魔導書がエイダに提案を持ち掛けてきた。
「エイダ。私が喋れる事は、秘密にしてもらえないか?」
「どうして?」
「魔導書が喋るなんて大人達に知られたら、取り上げられる可能性がある。マスターの事は気に入っている。しばらくは、このままで居たい」
エイダはしばらく考え、魔導書にも提案する。
「ん、わかった。けどその代わり、私に魔導書さんの不思議な魔法を教えてくれる?」
「不思議な魔法?」
「今日、魔導書さんは見た事のない魔法ばかり使ってた」
エイダはチラリと頭上の炎を見て言う。
「ああ、確かに一般的な魔法からは、かなりかけ離れてるな」
「けど凄い魔法ばかり!」
エイダは興奮気味に言う。
魔導書はしばらく考え込み、エイダの提案に了承した。
「分かった。学ぶ事は沢山あるが、その意欲があれば大丈夫だろう」
「やった!これからも、よろしくお願いします、魔導書さん」
「ああ。こちらからもよろしくお願いする、マスター」
森を抜け、エイダは街道に出た。満月に近い月が街道を照らす。遠くから人の声がする。瞬間、頭上の炎が消えた。
「エイダ〜、どこに居るの?返事して、エイダ〜」
エイダの父親と母親が、何人かの村人と一緒にこっちに向かってくる。エイダは声がする方向に全力で走った。
「お父さん!お母さん!」
「エイダ!」
エイダの母は、飛んできた愛娘をギュッと抱きしめる。
「心配したのよ」
「ごめんなさい、お母さん」
父はエイダの頭を撫でながら「無事で良かった」と呟く。暗闇で隠されているが、目は若干涙目だ。
村人達も家族を取り囲み、エイダの無事を喜び合った。