入門編『魔力量0』【魔導書視点】
「それさぁ、早く言ってよぉ〜」
って呑気に言ってる場合じゃない。ヤバイヤバイ。すぐさまエイダの魔力の残りを確認する。
0.022 MP
崖がどのくらいの高さかわからない。下までMPがもつかわからない。もし途中で魔力がなくなると、重力の影響をモロに受け、下まで自由落下する事になる。かなりの確率でエイダは死ぬ。
とにかく今は、崖の方に戻る事だ。このまま遠ざかったら何もできなくなる。エイダに指示を飛ばしながら、術式に速度の逆の値を加速度に入力していく。
「これから崖の方に逆加速する。衝撃に備えて!どこか掴める所があれば掴んで! 今!」
エイダの返答を待たずに、加速のボタンを押す。1秒でエイダの速度がキャンセルされ、2秒で反対方向に同じ速度まで加速されてしまう。スピードが乗ったまま崖にぶつかったら駄目だ。中間の1.5秒ぐらい。感覚で逆加速を止め、あらかじめ入力しておいた無重力の値に切り替える。崖に体が激突する音と共に、エイダの激痛に耐える声が聞こえた。葉が擦れる音と、ガラガラと石が落ちる音が響く。速度の値を確認する。
vx=0.000 m/s
vy=-0.000 m/s
vz=0.000 m/s
ax=0.000 m/s²
ay=-0.000 m/s²
az=0.000 m/s²
速度も加速度もどちらとも0に落ち着いている。落ちてはいない。崖のどこかで止まったか? ついでに魔力の残量も確認する。
0.001 MP
危なかった。冷や汗が出る。エイダに声をかける。
「エイダ、大丈夫か? 怪我はないか?」
「うん、何とか大丈夫」
エイダの声はしっかりしている。一安心する。
「今、どんな状況が教えてくれ」
「崖に木が生えてて、今その枝に掴まってる」
偶然掴める場所に木があるとか、ラノベの主人公のように強運だ。
「下までどのくらいある?」
「50メーターぐらいかな?」
「上は?」
「10メーターぐらい?」
結構な崖だ。降りていたら、完璧に途中で魔力が尽きてた。
「登る事は?」
「無理。崖が反り返って、お父さんじゃないと登れない」
「降りる事は?」
「駄目。壁が垂直で、掴める所が真ん中辺で途切れてる」
登るのも降りるのも、自力では無理か。『どうしよう?』とか考えてると、エイダが苦しそうに声を震わせながら言う。
「ま、魔導書さん、もう腕がもたない」
「片手で木の枝に掴まってるのか?」
私を抱えてるって事は、片方しか手が使えないはずだ。
「うん」
プルプルしながら答える。
「残りの魔力を使って、一瞬だけ無重力にする。その一瞬で木の枝に体を上げろ。出来るか?」
「やる」
「0になったら発動する。3、2、1」
カウントを数えながら、値を入れていく。「ゼロ!」と叫び、加速ボタンを押す。
葉っぱが擦れる音がした後は、エイダの荒く息をする音しか聞こえない。時間が過ぎるが、速度と加速度の値はゼロのままだ。
「もう大丈夫か?」
「ハァハァ。ん、もう大丈夫。今、枝に体をのせてる」
「そうか」
安堵しながら、魔力を確認する。
0.000 MP
空っぽだ。本当に危なかった。
「しばらくそのままで待機。体力と魔力の回復に励め」
「わかった」
体と精神を安静にしていれば、魔力は少しずつ回復する。ある程度貯まれば、活路が開ける。しばらく無言で脱出方法と必要魔力量を考えていると、エイダのすすり泣く音が聞こえてきた。
「ごめんなさい」
エイダに問いただす。
「何故謝る?」
「調子に乗って、馬鹿な事しました」
「私に謝る事ではない。自分の命を晒したのなら、自分に謝るべきだ。深く反省し、どうすればよかったのか考えなさい」
「はい」
エイダは返事をする。うん、本当に素直で良い子だ。
「とまあ偉そうに言っているが。本当は私の方が謝らないといけない。済まなかった、エイダ。私の方が調子に乗っていた」
エイダは返答に困っているが、謝罪を続ける。
「エイダがあまりにも楽しそうにしてたから、ついつい術式の出力を上げてしまった。魔法は便利だが、一つ間違えば命の危険もある。安全を怠ったのは、私の落ち度だ」
エイダは慌てて否定する。
「馬鹿な事したのはわたしで、魔導書さんは悪くないよ」
「エイダに『魔法を教えて』と言われ、私は了承した。安全ではない教え方をしたのは私だ。先生、大人ととしての責任を果たしていない」
「でもでも」
エイダは譲る気は無さそうだ。このままだと謝罪の譲り合いが、永遠と続きそうな気がする。
「わかった。では、両方が『ごめんなさい』という事で」
「ん、それでいいよ」
エイダも了承する。二人、笑いあった。
あれ? ちょっと待てよ。
「考えてみれば、私の命も危険だったか。エイダが死ぬと、私も死ぬ」
「最初に交わしたマスター契約で、そうなってるの?」
「まぁそんな感じだ」
まぁ実際はエイダ母に殺される。
一ミリ一ミリ切り刻まれ、『一掃の事、殺してくれ〜!』と叫びたくなる様な拷問が、永遠に続く様な気がする。
本当に無事で良かった。
ーーーーーーーー ログ ーーーーーーーーーー
エイダは調子に乗りすぎた。
エイダは深く反省した。
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登場人物
エイダ・ラブレス
冒険者に憧れている9歳の普通の女の子。
深く反省している。
職業:術者 LV1
称号:初心者
スキル:『関数 LV4』『構文 LV1』『文字列 LV1』『コメント LV1』『算術演算子 LV1』『文字列演算子 LV2』『変数 LV2』『代入演算子 LV1』『オブジェクト指向 LV1』『イベント処理 lv1』『デカルト座標系 LV1』『力学 LV2』
関数:『alert()』
HTMLタグ:『<script>』
イベント:『mousedown』【throw】
(【】は魔法に関連し、従来のjavascriptにはない)
喋る魔導書
エイダが森の奥で出会った喋る魔導書。
猛烈に反省している。
作者より
昨日は祝日で、書く時間が取れませんでした。週5回のペースを維持!とか言ってた矢先、ちょっと恥ずかしい。今日か明日に書けば、5回のペースになるかな?
4件目の評価と2件目の感想があり、嬉しかったです。誤字脱字本当に助かりました。
松重豊さんのCM大好きです。『孤独のグルメ』もいい味出してますよね。
魔力量の計算をちゃんとしていないので、少々あてずっぽで書いています。後で数値を書き直すかもしれません。
流れとしては、エイダ視点で何が起きたかを描写し、魔導書視点でスクリプトなどを踏まえて説明するなんですが、今回はいきなり魔導書視点から始めています。どうすれば面白くなるか、色々と模索中です。