初めての魔法【魔導書視点】①
「死にたくない」
まどろむ意識の中、女の子の声が聞こえた。声が震えている。
ここはどこだ?
あぁ、確か俺の制止を振り切って、『あの馬鹿』は行ってしまったんだっけ。二人で編み出した魔法を記載したページを持って、たった一人で‥。
あれから長い眠りについていたようだ。意識が徐々に覚醒する。
外の様子が見えない。本の外に取り付けられたカメラは壊れたままのようだ。マイクは壊れていないのか、女の子の泣いている声が聞こえる。確かスピーカーは大丈夫だったはずだ。試してみるか。
「誰かそこにいるのか?」
泣く声が小さくなった。どうやらスピーカーは無事だった様だ。
「こっちだ」
探しているようなので、もう一度声を掛ける。
「もしかして魔導書さん?」
さん付けするとは、ちょっと嬉しい。声も可愛いし、絶対に良い子だ。「おい」とか「お前」はうんざりだ。
「うむ、そうだ」
あぁ、つい癖で偉そうに言ってしまった。まぁいいか。
「先程『死にたくない』と言っていたが、何かあったのか?」
「そうだ私、虫に追われて‥」
この辺に生息している虫と言えば、ジャイアントスパイダーあたりか?子供が犠牲になることもあると聞く。気持ち悪い外見だし、それなりに強くて肉食だ。確かに子供一人で対処するには無理な話だな。もう少し聞こうと思った矢先、切羽詰まったような息遣いで、茂みに隠れる音がした。追ってきたスパイダーが、近くまで迫っているのかもしれない。
声を出すと虫に気付かれてしまうか。それなら。
生前から慣れ親しんだキーボードをモニターの前に置き、最後に一枚だけ残ったページのhtmlファイルを編集する。
--- page0.html -----
僕と契約して、魔法少女に…
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っとこれは怪しすぎるか。やめておこう。
--- page0.html -----
私と契約すれば、君に魔法を授けられる
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ファイルを保存して、ページを更新する。これで魔道書のページに文字が表示されているはずだ。
気づいてくれるかな?
識字率が高くないこの世界で、この子読めるのかな?
若干不安になりながらも続けて書く。ダメなら後で声に出して聞く。
--- page0.html -----
私と契約すれば、君に魔法を授けられる
私の魔法があれば、虫共を退治するなど造作もない
どうする?
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保存して更新…あっ、このままだと一列で全部表示されてしまう。間に改行タグ<BR>を入れておかないと。
--- page0.html -----
私と契約すれば、君に魔法を授けられる
<BR>
私の魔法があれば、虫共を退治するなど造作もない
<BR>
どうする?
--------------------
よし保存して更新。すると間髪を入れずに。
「契約する」
小声で彼女は了承した。即断即決だなこの子。ちょっと好感が持てる。
では、登録の準備をしておきましょうか。
--- page0.html -----
<SCRIPT>
document.onmousedown=function(event){master=event.user;}
</SCRIPT>
私と契約すれば、君に魔法を授けられる
<BR>
私の魔法があれば、虫共を退治するなど造作もない
<BR>
どうする?
<BR>
<BR>
ページに触れてくれ。マスター登録をする
--------------------
これで彼女がページを触ったら、触った人の情報をイベント越しに取得し、「master」というグローバル変数に記録しておくことができる。ちなみに『master』はなぜか、ページをリロードしても情報は消えません。(注意:『master』や『event.user』何ていうものは、従来のjavascriptには存在しません)
保存して更新。
おっ、早速ページに触れてくれた様だ。さてと新しいマスターの情報を確認しますか。ついでに「登録できたよ」と伝えておく。
--- page0.html -----
<SCRIPT>
console.log(master);
</SCRIPT>
登録完了
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保存して更新し、コンソールウィンドウを確認する。
--- console --------
プロパティー:
N age: 9
N agility: 49.9
N hit_point: 10.1
N intelligence: 43.5
N luck: 15.2
N level: 1
N magic_point: 3.0
N name: エイダ・ラブレス
N strength: 25.8
N vitality: 30.3
.............
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…。ど、どないしよう。この子、ステータスめっちゃ低い。9歳の女の子だし、これが普通か?確かステータスの100が男性の平均だから、こんなものか?「あの馬鹿」が規格外すぎたんだ。内心凄く焦っていると、彼女の少し期待した声が聞こえた。
「じゃあ、早速魔法で‥」
彼女にすぐに謝った。ジャンピング土下座した。
「マスター、本当に済まない」
「マスターの魔法量では初歩の攻撃魔法も唱えられない」
攻撃魔法として一般的なfireは、最低でもMP4を消費する。国の魔法兵に志願するにはfireを一発打てれば合格できるので、若干9歳でMPが3もあるエイダは優秀と言えるかもしれないが。
「えっ?」
「とにかく今はこの場を離脱する事を提案する」
驚きすぎて声が出まくっている彼女に、逃げることを促す。多分ジャイアントスパイダーに位置を捕捉されていると思うぞ。
「えっ?」
「思い切って契約したのに、さっきと変わらないじゃない〜!」
彼女は愚痴を叫びながら、走り始めた。本当にすまない、役立たずな魔導書で。置いていかれるか若干不安だったが、一緒に持って行ってくれてる。本当に良い子だ。助かる。置き去りはもうイヤだ。
「fireは最低でもMP4必要だから、MP3ではちょっと無理だな」
軽く言い訳しておいた。それに虫は複数いるみたいだし、一発だけ打ててもダメじゃないかな?
「どうするのよ〜。魔法でチョチョイのチョイじゃなかったの!?」
最近あまり使われない単語(死語)が出てくるあたり、かなりテンパってるな?親が使っているのか?
「しばらく走ってくれ。代案を考える」