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ワールド・セネカ  作者: FRIDAY
壱 物語は校門からやって来る
7/51

人形遣いの魔法戦

 真柴ましばの宣戦に、六人の動きはそれぞれであったが、その進むところは一律だった。


 中央に立ち、真柴と会話していた男は一歩を下がり、天使、恐らくは男の人形を前面に出す。その両脇の男女もまたそれぞれに人形を前に立たせる。天使は翼を広げ、女性の姿をしたものが両手を胸の前で組み、スライム状の異形が震える。さらに外側では虎の姿をした獣が身を沈め、男が槍を構え、女が弓に矢をつがえた。


「――行きますよ」


 口火を切ったのは、天使の背後の男だったか。

 戦端は一斉だった。


 獣が、女が、槍使いが、異形が、弓使いが。

 爆進し、疾走し、風を巻き、うねり、放った。


 多重多段の猛攻が、十数メートルを一瞬でゼロにする。

 その先にいるのは、いつの間にやら真柴の前に出た少女だ。


「一度しか言わないから、よく聞いておけよ吉野少年」

 立ちはだかるのは身の薄い少女たったひとり。ともすれば容易にぶち抜かれ、そのまま余波で吹っ飛ばされるのではないかというほどに苛烈な攻撃を前にして、真柴は堂々と胸を張って立ち、唖然としてその背を見上げる吉野に向けて言う。


「想像力だ」


 真柴は言った。


「想像しろ。思い描き、想いを映せ。忘れるな、魔法とは世界を変えていく力であり、セネカはそれを可能とする人形だ。お前が描く世界を、セネカが創り上げる。想像は創造だ――だから、想像しろ、創造しろ吉野少年」

 想い描け、と真柴は言う。


「……手始めに、信じてみろ。あの程度の連中は、セネカには遠く及ばないと!」


 突然そんなことを言われても、どうすればいいのかわからない。真柴の言うことはあまりにも漠然としていた。

 けれど、セネカは吉野を見ていた。

 迫りくる猛撃など見向きもせず、肩越しに、吉野をじっと見つめている。

 その唇が、かすかに動く。


 ――信じて。


 その言葉を見て取って、吉野は全ての疑問を呑み込んだ。

 どのみち時間はない。ごねている暇などないのだ。

 ……正直、想像しろと言われても何をどう思い描けばいいのかなんてわからないが。


「俺は――」

 信じるぞ。そう、確かな言葉にする。


 先の戦いでも、セネカはあれだけ巨大な怪物を相手に戦い、勝っている。だから、

「セネカは、これくらいの戦力差で負けたりなんかしない――!」


 吉野の叫びに、セネカは確かに頷いた。そしてようやく、敵を見据える。

「テッペーが信じてくれるのなら、思い描いてくれるのなら――」

 浅く、両の手を広げる。それは一見、全ての攻撃を受け入れるかのような姿勢だが、違う。

「――私はその通りに創り上げる」

 身構えだ。


 セネカの眼前に、最も早く躍り込んできたのは、獣だった。咆哮ほうこうとともに、踏みしめた地面が割れるほどの力と速度をもって、爆進する。

 その猛々しい様を指して、真柴はしかし、鼻でわらった。

「ホムンクルス二式は獣型。大体は実在する獣を模して創られていて、しかしその能力はモデルを遥かに上回る。単純な速度と膂力りょりょくで言えば、他のホムンクルスの追随を許さない」

 虎は一瞬で少女に肉薄し、その猛々しく凶悪な牙と爪で一閃、


「だが届かない」

 届かなかった。


 少女が前の伸ばした繊手。その数センチ先で、慣性も何もかもを真っ向から無視して、静止した。

 少女が、囁くように言う。


「――『ロッテッラの振子ふりこ』」


 グォン、というような腹の底に響く風の音だった。

 その音は、少女の眼前に縫い留められていた虎の顔面を直撃する。何かに当たったようには見えなかったのに、虎は派手に殴られたかのようにきりもみして吹き飛んだ。


 しかし間髪かんぱつはない。


 虎の巨体が飛んで行ったことで空いた空間には、既に次なる刺客がいた。

 女だ。

 しかし女の姿をしていながら、その動きは人間のそれではない。

「ホムンクルス三式はヒト型。際立って高い能力は持たないが、容易に日常に溶け込めることと、人体の限界というものがないというのが強みだが――全然足りない」

 全身をねじるようにして引き絞られた姿勢から放たれる蹴撃しゅうげき。当たれば鋼鉄をも貫くであろう爪先つまさきが少女の側頭を襲う、が、


「――『サラサの流撃りゅうげき』」


 ス、と添えるように上げた少女の左手に沿うようにして、女の脚が流れた。そして浮いた上体に右手が当てられ、


 コウ、と鳴った。


 少女の身には一切の力みが見られないのに、女は先の虎同様に、しかもそれ以上の速度をもって数十メートルを滑空し、落ちる。


 だがそれを見届ける暇はない。連撃は続いている。

 男だ。

 槍を下段に、掬い上げるような動き。そのままいけば股下から脳天まで割に行く動きだ。だからそれを回避するべく少女は足を、動かせない。

 見下ろすと、その細い両足に絡みつくようにして蠢くものがある。それが少女の脚を縫い留めている。

 スライム。

「ホムンクルス五式は異形いぎょう型。もはや既存の存在に形をとらわれなくなり、想像のままに創造されていく人形。個体ごとに予想外の行動方式をとるわけだが、何のことはない」

 己をとどめる存在を確認した少女は、まずはそちらに対処する。


「――『グリアラの灼火しゃっか』」


 身にまとうのは熱だ。灼熱は一瞬で脚に絡みつくスライムを焼く。あまりの熱さに、スライムは声にならない絶叫を上げて剥がれ弾けた。

 続けて、灼熱の煽りを受けてやや怯みながらも攻撃動作をやめていなかった槍の男へ向く。

「ホムンクルス四式は武装型。平たく言うと武器みたいなものだから、人形遣いが自ら前線に立つことになる。その危険をかえりみない根性は大したものだが、だからどうした」

 下段から迫る斬撃に対し、しかしやはり少女は動かない。

 動くのは、唇だ。


「――『レオラの風迅ふうじん』」


 風だ。

 極大の質量を有した風が、槍どころか男ごと空高く打ち上げる。為すすべはない。

 しかも、打ち上げられたのは槍の男だけではなかった。

 男とともに舞い上がったのは、幾条の線。

 矢だ。

 多段攻撃として迫っていた次波ごとまとめて吹き上げたのだ。

 少女の手が、指先が空をなぞる。

 その軌跡に沿うようにして、宙の男が打ち出された。

 一直線に向かうのは、唖然として固まっていた弓を持つ女。為すすべもなく男がぶち当たり戦闘不能となる。

 そしてもうひとつ、矢。

 矢は図ったかのように高速で最奥さいおうの天使めがけて飛び――


「――ナトラスカ」


 男の呼んだのは、天使の名か。

 矢が制止した。

 支えもなく、音もなく、宙に縫い止められ、落ちた。


「ふん……物量でどうにかなるとも思ってはいませんでしたがね。ですが、やや拍子抜けですよ」

 冷えた視線で、男はセネカと真柴を見る。


「終末の七式。しかしそれでは、並の六式と大差がありませんよ。『魔法を見せてやる』などと豪語していましたが、この程度が魔法などとは、失笑ものですよ」

「ほほう。失笑ものか。よしいいぞ笑え」

 笑えと言う真柴自身が、にかあっと歯を剥いて笑んでみせた。


「想像力が未熟だから、と言ってしまえばそれまでだが、挑発されると乗ってやりたくなるのが人情だ。――吉野少年」

「んあ?」

 想像しろ、信じろと言われて信じると宣言したものの、それ以外には具体的に何をしたとも言えず、完全に観客の気持ちで立っていた吉野は、不意に声をかけられて頓狂とんきょうな反応を返してしまった。


「な、何」

「折角だから、最後は派手にやってやれ。戦い方はわかっただろう。奴は魔法を御所望だ」

「いや、御所望とか言われても! 今見ただけじゃ、戦い方なんて何にも」

「別にお前が戦うわけじゃないんだから、そんなにビビるな。ほら、セネカ」

 真柴の声に、敵前に立つ少女は再び肩越しに振り返った。怜悧れいりな視線が吉野に映る。


「……えと」

「契約」


 ぼそっと、少女は言った。え? と訊き返すと、少女はもう一度言う。

「契約した。私の契約者はあなた。あなたのホムンクルスは私」

 くるりと、かかとを軸に身を回す。完全に敵に背を向け、吉野を正面に据える。

 差し伸べられるのは、小さな手。


「あなたは私を信じて。私はあなたを信じる」


「だ、そうだ吉野少年。――できるな?」

 いや、と真柴は首を振り、にかっと凶悪に笑う。


「やれ。やるんだ吉野少年。でなければ物語が始まらない」

「物語って……何の話だか、知らないけど」


 少女の向こうに見える敵は、明らかに焦れている。天使は大きく翼を広げ、光を纏っている。攻撃に踏み切るのも時間の問題だ。

 だから、問うことはふたつ。


「もしも、このまま最悪の方向へ状況が流れて行ったら、どうなるんだ」

「目前の問題として、私とお前は死ぬな」

「その子は」

「セネカは大事な七式だ。だから壊されたりはしない。とりあえず世界征服のために使われるか、七式を量産するためにあんなところやこんなところまで矯めつ眇めつ外から内から研究されるか。そんなところか」

「そうか」


 頷いて、吉野はセネカを見た。

 己に一撃を振るわんとする敵に一瞥いちべつも投げず、吉野をまっすぐに見つめる少女を。

 一歩を進み、重ね、少女の前に立つ。

 その繊手せんしゅを、取った


「俺は吉野・徹平。お前の名前は」

 少女の視線をしっかりと受け止めた吉野が問う。少女は、頷いた。

「セネカ」


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