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ワールド・セネカ  作者: FRIDAY
壱 物語は校門からやって来る
4/51

人形

「――え?」

 今、何と言った?


「何だって?」

「お前な、聞き逃し過ぎ。……だぁかぁらぁ」

 ぐ、とやや身を乗り出して、真柴ましばは言う。


「その子は――セネカは、人間じゃない。だから魔術師でも、錬金術師でもない」

「に、人間じゃない、って……」


 視線を巡らせて、吉野は眠る少女を見やる。

 死体のように眠る――否。

 ただの物のように横たわる、少女の形をした、それ。


「それじゃあ、何なんだよ」

「人形だよ」


 こともなげに、真柴は言った。

「セネカは人形だ。人間じゃない」

「人形、って」

「人形。錬金術における生きた人形。人の間ではなく人の手の中で生き、人の形をした、ゆえに人形。――ホムンクルス、って聞いたことくらいあるだろ?」

 その単語は、確かに聞き覚えはあった。詳しいことはわからないが、聞いたことはある。

「何だったか、小人……」

「そう。『フラスコの中の小人』、『ガラス管の賢者』。錬金術における最大にして最高の術式――ほぼ唯一の成功例。水、炭素、アンモニアその他を適量に隠し味として秘密の粉末少々を四十週間密閉保存」

「もの凄く胡散臭うさんくさいんが、人体錬成に調味料が必要なのか……? いや、でも、小人なんだろ? この子は全然、小人なんてサイズじゃ」

「第一の成功例が、フラスコの中の小人だったのさ。今じゃあもう一体も現存しないってことになってるんだけどな。その小人、『一式』の成功に味を占めた錬金術師は、その後もホムンクルスの研究に専心して、結果ホムンクルスしか創れなくなった、と」

「それ、で……ええと、何だっけ」

「おいおい、耳も悪けりゃ頭も悪いか。つまりだな」

 再び、真柴は少女を指さした。


「そのセネカが、ホムンクルス。しかもその最高傑作、終末の七式ってわけ」


 言われて改めて、吉野は少女を見やる。

 ただ一見するだけでは、容姿の端麗な少女にしか見えない。


「ただのホムンクルスじゃないんだ。現状世界に千八百あると言われているホムンクルスの中でも最高にして最強にして最終。唯一の七式。――世界を変えられる人形だ」

「世界を、変えられる……?」

「そうとも」

 真柴は頷いた。


「だからこそ、問題も多い。ぶっちゃけ、セネカが世界に届くお陰で、さっきも襲われていたわけなんだが」

「ど、どういうことなんだ」

「ああ、んじゃあ試みにひとつ訊くけど」


 一拍置いて、真柴はまっすぐに吉野の目を見つめ、言う。

「――世界が手に入るとしたら、欲しいか」

「いらん」


 間髪なかった。

 あまりにも間がなかったせいか、真柴はすぐに呑み込めなかったらしく、瞳を瞬かせている。


「……え、なに? もっかい言って?」

「は? いや、だから、世界なんぞいらん」

 それで? と見返す吉野を、真柴はまじまじと見つめていたが、突然、ぶ、と吹き出すと腹を抱えて大笑いし始めた。


「ちょ、おい、何なんだよ一体」

「いや、悪い、想定内とはいえ即答とは、予想以上だったわ。そうか、いらないか。何で?」

「え、何でって……」


 ひきつりすら起こしている真柴に、吉野の方が戸惑う。

「世界だろ? そんなもの、手に入れてどうするって……いやそもそも、どうやって手に入れるって」

「手に入れるのは、問題ない。お前の横に寝てるセネカを手に入れれば、な」


 は? と傍らの少女を見下ろす。人形のように眠る――いや、人形なのか。

 ホムンクルス――世界を変えられる人形。


「い、意味がわからない」

「まーそうあっさりとわかられても面白くないんだけどな。とりあえず、今はそのまま呑み込んでおけ。……そうだな。それじゃあ、鍵だ。ここに一本の鍵がある」

 一度グッと握った掌を、ぽんと開くと手品のように一本の銀が現れた。それもそのまま、鍵である。というか、

「この部屋の鍵だ!」

「その通り! で、例えばこの鍵でしか開けられない箱があり、その箱の中には全人類……いや、大多数の人類が欲しがるものが入っている。それを開けられるのは、鍵を持っているただひとりだけ。さあ、その鍵の在り処を知っている人間は、どうする?」

「え、鍵を……取りに行く?」

 その通り、と真柴は頷いて、軽い手首のスナップで鍵を放って来る。慌てながらも辛うじて掴み取った吉野を、真柴は指さした。

「今、鍵を持っているのがお前。その鍵がセネカ。そして手に入れられる箱が、世界だ」

 だから、と真柴は続けた。

「協会管轄下の人形遣い然り、無所属の人形遣い然り――血眼ちまなこになって探す連中から、お前はセネカを守らなくてはならない」


 アパートが揺れた。


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